以前pixivであげたハイキュー‼の二次創作小説です。

梟谷にスポットをあててます。

東京合宿で影山の天才的なトスを目の当たりにして、赤葦がセッターとしての自信を無くしてしまったら…と妄想を続けた賜物になります。



ハイキュー‼二次創作
-梟谷の司令塔、大エースの右腕。-
作者:時生時雨









東京合宿最後の試合。


梟谷vs烏野



烏野の影山と日向が決めた天才的な速攻



あの時の速攻を見た木兎さんの輝かしい顔が…今も忘れることが出来ない。







***


「…俺、もう木兎さんにトス上げるの、やめます」
「…は?」
放課後の体育館で、突拍子もなく放たれた一言。
その言葉に、バレー部中が硬直した。
「あ、あかあしいいいいいいいっ!!?」
「木兎さんうるさいです」
その一言の主は、梟谷のセッター赤葦。
それに驚いたのは、もちろん木兎だけではないわけで。
「お、おいおい…突然どうしたンだよ赤葦…」
「安心してください、もちろん木葉さん達にはトスはあげますよ」
「なんだ、それならいっか」
「良くない!!」
あっさり納得した木葉に、すかさず木兎はツッコミを入れる。
ううう…と唸りながら、木兎は赤葦にしがみつく。
「なんでだよあかーしぃ!ホントに俺にはあげてくれないの!?」
「こんなこと嘘ついてどうするんですか。…時間も無いですから、早く練習始めましょう」
赤葦は淡々と告げ、ネットを貼り始める。
木葉、小見、鷲尾、尾張はそれぞれ目を見合わせ…赤葦と同じように準備を始める。
ただ一人、木兎だけが皆の輪から外れてしょぼくれていたのだが。

***

「今日…結局一回もトス上げてもらえなかった…」
部活が終わり、校門の前で木葉と木兎は赤葦が忘れ物を取りに行ってるのを待っていた。
その校門の隅っこで、これでもかと言わんばかりにじめじめした空気を漂わせている男がいる。
「元気だせって木兎。こういう時もあるって」
隅っこに体育座りして落ち込みまくってる木兎に、木葉が声をかけた。
「お前落ち込みすぎじゃないか?いつまでもしょぼくれてんなよ」
「でもさぁ~…あかーし酷くないか?」
「いや、俺もまさか本当に赤葦がトス一度もあげないとは思わなかったけどさ…」
今日、赤葦は予告通り一度もトスを木兎にあげなかった。
試合展開の練習をする時もそう。明らかに木兎にトスした方が有利な状況でも、木葉や小見にトスを集めていた。
「木兎、またなんかやらかしたのか?」
「失礼だな!『また』とはなんだ『また』とは!まだなにもやらかしてねーよ!…多分!」
「そこは断言しろよ。…ていうかさ、今日の赤葦、なんか変じゃなかったか?」
「変…?それはもちろん俺にトス」
「そうじゃなくって。なんつーかこう…元気がなかったというか。なんかあったんじゃねーの?」
頭の上に?マークをたくさん浮かべる木兎の様子に、木葉は溜め息をつく。
「まあ、なんにしてもさ。このまま赤葦が木兎にトスあげなかったら、試合でも不利なワケよ。お前も困るだろうし、ちゃんと赤葦と話つけろよな。そのために小見達には先に帰ってもらってるんだし」
「そうだけどよ…」
「お待たせしてすみません」
声の聞こえた方に視線を向けると、その声の主がパタパタと走りよってきていた。
「おう、赤葦。忘れ物は取ってこられたか?」
「はい、お陰様で」
なら良かった、と木葉は赤葦に笑いかける。…ふと、真剣な表情をして赤葦の耳に顔を近づけた。
「…あー、お前さ、なんかあったの?」
「…え?」
「いや、無いならこんな不自然な事はしねぇか。…部活中、やたら暗い顔してただろ?それに、なんか焦ってるみたいだったけど」
ギクッと言わんばかりに、赤葦は目を見開いた。図星かと木葉はため息をつき、言葉を続ける。
「まあ、その事とトスをあげてくれなかったことでエース様がお怒りのようだぜ?お前に話があるってな」
「いや、でもそれは…」
言いかけて、赤葦は口ごもる。なんとかごまかせる言葉を探しているようだが、焦っているせいかいつもは回転の速い頭が十分に動いてくれない。
「それじゃ、俺先に帰るわ。…木兎としっかり話つけんだぞ?」
赤葦の肩をぽん、と叩き、木葉は街灯の道の中を走り去っていった。
残ったのは、伏し目がちになる赤葦と、それを見つめる木兎だけ。
お互いに何も言わず…刻々と時間だけが過ぎていく。
重い沈黙が、いつまでも二人の間を駆け抜けていく。
なんとかこの空気を破ろうと、木兎が口を開く。
「なあ、あかーし」
「言っときますけど。トスをあげないことに木兎さんは関係ないですよ」
しかし、すぐさま赤葦に言葉を遮られてしまう。
「じゃあ…なんで今日あんなだったんだよ!」
「これは俺の意志で、決めたことですから」
1つ聞けば、1つ返される。
お互い慎重に、ゼッタイに引く気配がない。
「なあ…あかーし」
「もういいでしょう。早く帰りますよ」
「話を聞けっ!」
歩きだそうと足を進める赤葦の腕を、木兎は掴み、引き寄せた。
「木兎さんしつこいです」
「お前さ、俺がトスあげんなって言った時はその通り、絶対にあげないだろ?でもこうやって、調子いい時にトスあげてもらえないとめちゃくちゃ辛ぇんだよ!なんか俺が何かやったなら俺は謝る!なにかなやんでる事があるなら話を聞く!それ以外だったら…その時に考える!」
「でも」
「『でも』じゃねぇ!だからこの大エース様に言ってみろ!」
「あなたが大エースだから言えないんでしょう!?」
赤葦は叫んだ。感情に任せて、勢いよく。
普段聞かない赤葦の大声に、木兎も驚きを隠せないでいる。
それが引き金となったのか、胸の内がどんどん溢れ出てくる。
「影山と日向の速攻を、木兎さんも見たでしょう?」


***


「日向ナァーイスッ!」

東京合宿、最後の試合。

第一セット、梟谷vs烏野。

飛び交う賞賛の声。

今まさに、日向と影山が速攻を決めたところだった。
それも、かなり高度な…。
「すげー!なんだあの速攻!かっけー!」
隣で木兎さんが歓声を上げる。
木兎さんが声をあげたと同時に、速攻を決めた日向と影山が同じように歓声を上げていた。
俺もその速攻は目で追うのが精一杯だったし、今まで見たことのない速いトスに驚きを隠せないでいた。
「なあ、なあ、今のあれ何!?あかーし!あかーしもああいうトス出来る!?」
木兎さんは目を輝かせて、俺に問う。
俺が、あのトスを…?
俺にもあんな速攻が出来るか?…いや、絶対に無理だろう。
これは「影山飛雄」だから出来る事。
「天才」だから出来ることなのだ。
言ってしまえば、そのトスは正に「神業」。
ーー俺みたいなセッターには、到底成せる技ではない。
「…俺にはあのトスは無理ですよ」
その問いを、俺はただ静かに否定した。
続けて、もう1ポイント。烏野は流れに乗ってきたのか、どんどん追い上げていく。
もう一本、もう一本。1つ1つのボールが正確に、スパイカー達の掌に吸い込まれるようにセッターの手からうち放たれる。
俺はその綺麗なトスに、いつのまにか魅入っていて…ふと、それが小さなわだかまりとなる。
もし…影山が梟谷のセッターだったら?
影山じゃないとしても、俺より遥かに技術を持ったセッターが、木兎さんにトスを打つようになったとしたら?
木兎さんには、俺はもう必要なくなる。
俺がいなくても…梟谷の司令塔に適した人なんていくらでもいるはず。
いや、それ以前に…俺は大エースに相応しいのか?
……身震いがした。
計算し尽くされた策略が組み込まれたそのトス一つ一つに。
そのスパイカー1人ひとりに合った正確なトスをあげる、影山に。

俺は、知らず知らずのうちに怯えていた。


しかし同時に、それが出来る影山が、羨ましくもあり、妬ましくもあった。

***

「音駒の孤爪は、周りをよく観察してトスをあげる力があります。烏野の影山のトスは、どのスパイカーにも順応したトスです。それは勿論容易ではない事です。影山にはそれが出来るんですよ。それこそ精密すぎるほどに。宮城の青葉城西にも、尊敬するほどのセッターがいるって影山から聞きました。…俺よりよほどすごいセッターなんて、山ほどいるんですよ」
一通り話終えると、ふぅ、と赤葦は溜め息をついた。
「…すみませんが、俺には生憎あんなに精密なトスはあげることが出来ないんです。大エースにあげるトスが、俺みたいなセッターじゃ示しがつきません。…大エースの右腕は、もっと才能のあるセッターであるべきなんですよ」
「…だから、俺にトスをあげなかったのか」
木兎の言葉に、赤葦は目を逸らす。それをまるで肯定するように。
「…俺は、 それが出来る影山が羨ましくもあり、妬ましくもありました。でも一番は、怖かったんです。梟谷に影山のような別のセッターがいたら、俺はもしかしたら木兎さんにトスをあげられていなかったかもしれない。…木兎さん」
赤葦は背を向け、言い放った。
「俺は、大エースの隣には相応しくありません」
「……っ!」
「ごめんなさい、木兎さん」
「いい加減にしろっ!」
ビクッと、赤葦の体が震える。
「さっきから聞いてりゃ、俺は俺はって下げることばっか言ってよお!なんなんだよ!お前をそんな子に育てた覚えはないぞ!?」
「育てたって…アンタは俺の父親かなにかですか」
「似たようなもんだろ!」
「いや、掠りすらしてないと思いますけど」
「それはともかくだな!お前、自分のすごさをわかってなさすぎだぞ!?」
伏せた赤葦の顔を、木兎はのぞき込む。
「あかーしのすごい所その1!周り状況をすぐ判断してトスをあげられる!」
「それは…セッターとして当然のことですし」
「あかーしのすごい所その2!セッターとしての技術がすげぇ!」
「そんなことないです」
「あかーしのすごい所その3!一番いいタイミングでトスをあげる!」
「それは…」
「あかーしのすごい所その4!2年なのに副主将!」
「……」
「あかーしのすごい所その5!俺はもちろん、他の奴らからの信頼がすっげー厚い!」
「あかーしのすごい所その6!俺の事を誰よりも1番解ってる!」
「…それは」
「あかーしのすごい所その7!俺が五本指のエースだって事!」
「…え?」
赤葦が顔をあげる。やっと目を合わせられた、と木兎はにししっと笑う。
「俺が五本指に入るエースになれたのは、赤葦がいたからだ!トスがなきゃ、俺はスパイク打ててねーしな!それにお前以外のセッターだとしたら、俺は今のスパイクは絶対打ててなかったぞ!それにな、梟谷のセッターはお前以外有り得ねぇ!お前がいるから、梟谷は強豪としてここまで来たんだぞ!」
赤葦の肩をバシバシ叩いて、木兎は自信満々に言う。
「はっきり言ってやる!梟谷の司令塔は『赤葦』お前以外有り得ねぇ!大エース様の隣も、お前じゃなきゃダメだ!わかったな!?」
「肩…痛いです、木兎さん」
「!ああ、悪い悪い」
叩かれていた肩をさすりながら、赤葦は無表情で問う。
「本当に…俺でいいんですか」
「当たり前!大エース様の右腕はお前しかいねーよ!」
「そう、ですか」
その言葉は、赤葦の胸の内にずんっと入ってきた。
そしてそれは次第に、今までの胸のモヤが嘘のように、みるみる引いていく。
赤葦は木兎さんの目を見て、ふっ、と笑う。
「ありがとうございます、木兎さん」
「おうよ!」
その笑顔は、どこか迷いがなくなったようだった。

***


「おはようございます、先輩方」
「おう、おはよう!赤葦」
次の日の部活。いつも通り赤葦は挨拶をし、いつも通り木葉達は挨拶を返す。
「昨日はいろいろとご迷惑をおかけしました」
「俺らは全然大丈夫だぜ!けど、お前は…?」
「俺ももう大丈夫です。おかげで迷いは断ち切れました」
「そうか。なら良かった」
「はい。あの、木兎さんは…?」
「あー、まだ来てねーみたいだな。…あいつ、また遅刻かよ」
その時、ドスドスと荒っぽい音が近づいてきて…一人の大きな男が体育館に飛び込んできた。
「あーあ、噂をすればってやつだな。…おいっ!木兎おせーぞ!」
古見が呆れつつ、木兎の元へ走り出す。
赤葦も ふっ、と笑をこぼし、それを追うように木兎の元へ駆け寄っていく。


「おはようございます、木兎さん」