※微グロ描写有

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塵の舞う廊下を男と女は進む。
これから全てを失う女。これから全てを奪う男。
「―は――――――た」
さて。
歯車が狂いだしたのは何時の日だったか――。



オリジナルストーリー
-静謐パラフィリア-
一章『殺戮』
作者:時生時雨







「殺されかけて啼き喚かない女…か。初めてだな」
寝室で僕が用意したドレスに着替えているエレンに向け、扉越しに舌打ちをする。
大体の女は殺される間際になると泣いて命乞いをするか喚き散らすものだ。殺されるのを分かっている上で悠々としている女なんて初めてである。変わった奴もいるものだ。
でも、だからこそ。
「(こいつはなかなか面白い)」
鼻で笑うと、懐に入れていたカードキーを片手に取りエレンを呼ぶ。
「エレン。お前は特別だからな。助手として働かせてやる。僕の実験を見せてやるよ」

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「ヒャハハハハハハハっ!!あ~あ耐性がある割に簡単に切れちまうなァ?これじゃすぐに死んじまうじゃねぇかァ…ホラホラァ『ウンディーネは死ににくい』んだろ?もっと抵抗したらどうだ!?」
四方が白で埋め尽くされた部屋。唯一の小さな窓は鉄格子で封じられており、そこから覗き込む月明かりがかろうじて灯りの役割を果たしている。
「まァ…この僕に逆らったら殺すけどね!」
その白い部屋を…緋く染め上げる鮮血。
「ーーーーーーーーーっ!!!」
生贄となったウンディーネ人は、キュウキュウとイルカのような波長音で泣き叫んでいる。
ウンディーネ人は元々水中で生きる者。今では宇宙で最も進化を遂げている生命体だ。陸でも活動出来るよう体内に貯水機能を備え、治癒能力がある上五感も他より発達している。
…耐性があるからこそ、今回のケイの実験対象になってしまった上弄ばれてしまっているのだろうが。
「もっと悦んだらどうだァ?せっかくケイ様がお前みたいな何の価値も無ぇ孤児を研究素材にしてやってるのによォ?ヒャッハハハハハハハハハハ!!」
そう言うや否や、ケイはナイフをウンディーネ人の尾ひれの根元へ、思いきり、一寸の狂いもなく突き立てた。
「ーーーーーーッーーーーーー!!」
声無き悲鳴が、白い無機質の部屋に響く。
痛みにもがき苦しむ声。吐瀉と緋色の水溜りでぐちゃぐちゃになった床。鉄の匂い。飛び散る肉片。神経が通っているのだろうか、千切れた尾ひれはびちびちと音を立てうごめいている。
そのウンディーネ人から生み出された緋が、ケイの後ろで控えるエレンの紫のドレスを鮮やかに染めあげていく。
(嗚呼……目の前で人が…死んでいく…!)
そんな彼の"実験"という名の"殺戮"が目の前で繰り広げられながらも、エレンはそれから目を逸らさなかった。それとも…逸らせなかっただけであろうか。
「……悪魔のようだわ」
呟いた声は、ウンディーネの叫び声とケイの嗤い声に掻き消された。
緋色に染まりひたすらに刃を振り回すケイは正に、イカれた殺人鬼。
その光景は異常だ。異常すぎて、否、異常だからこそ…美しい。
自然と口元が緩んでいる事に気づくことなく、エレンはその殺戮が終わるまで、ケイをただただ見つめていた。

喪失までーーー『5日』