第三章「赤と黒のカーニバル」

#14「王都ハーランド」

*ソルト ~アルドニア王国「旧アルネスト村」にて~

 

何も変わらないはずの日常。

それが壊れるのは、いとも一瞬で。

 

***

 

「ソルト!早う朝ごはん食べな!昼間からまた薪を集めんといかん」

「分かってるよ母さん!薪集めの後は薪割り。午後は王都にロナナの出荷やろ?」

母の言葉に僕は頷いて返事をする。

「ほや。ソルト、朝飯食うたら先に荷積み手伝うてくれるか?日が上がりきる前に収穫しとかな、ロナナは茎が固なって実が取れんくなるでの」

「分かった!今年も豊作やもんの。王都じゃロナナは取れにくいんや。きっとまた王都の人は喜んでくれるざ」

僕の家族は木こりだ。僕も父さんと母さんの仕事を手伝いながら、一人前の木こり目指して日々勉強をしている。

いわゆる田舎である僕の故郷『旧アルネスト村』。昔にここ一帯を統治していたアネスという人物の死後、放置されたままアネス領地があること以外は、いたって特異性のない辺鄙な村だ。

昔、ここで戦争があったらしい。戦争については詳しくないが、とにかくアネスはその戦争で命を落とし、その時に負った損傷跡がまだ村のあちこちに残っている。

そのため言っては何だが、建物と呼べるものはあちこち、ぼろい。だが、その損傷から立て直してきた人類の技術と労力とは大したもので、辺鄙で日当たりのよいこの地にはやがて畑が作られ、作物を作ることに長けた地域へと変貌した。

レスティリア地方の土地では外気温や土の種類から作ることが難しいとされるロナナでさえ、育てることが出来るようになった。未開拓地と呼ばれてきたこの村の名前をレスティリアの人達が再び『アルネスト村』と呼称してくれるようになるのも、そう遠くない未来かもしれない。

そんな村で僕達家族含め、ここの村の人達は狩りをしたり、作物を王都へと売り込んで生活している。母と父は厳しいところもあるけれど、尊敬している。頑張ったら褒めてくれるし、何より大好きだ。

「ごっつぉさんでしたっ!」

僕は空になった食器を洗うと、父の荷積みを手伝うべく畑へと駆け出した。

 

***

 

時刻は、深夜。

鼻を刺激する匂いに違和感を感じた僕は、目を覚ました。

……なんだ……この匂いは……?」

普段は絶対にしない、不自然な匂い。

匂いの出所は分からないが、これはまるで鉄のような。

「……母さん…?」

何か嫌なものを感じた僕は、ベッドサイドのランプを持って階段を降りる。

……父さん

心細い思いからか、自然と声は小さくなる。

返事がない。この時間だから眠っているのだろう。

深夜だからか、階段を下りるたびに足元が軋む音でさえ不気味に思えた。

しかしそんな事を気にする間もなく、僕は歩みを進める他なかった。

1階に降りると一層匂いは濃くなっていったからだ。

思わず僕は鼻を抑えた。周りを見渡す。

ひたり。自身の素足に生暖かい液体が滲んだ。

……は!?な、なんやこれ――

赤い液体。どくりと嫌な予感がよぎる。

液体のつたう先を辿ると暗い部屋が待ち構えている。そこは、父と母が眠る寝室だ。

動悸がうるさい。 脳内が警鈴を鳴らす。

呼吸が早くなる。足をゆっくりと進める。早く、早く寝室を覗かなければ。

母さん。父さん。どうか、今だけは。

そこにいないでくれよ、頼むから!

「あ…………!!」

そんな願いなど、かなうはずもなくて。

顔をあげた目線の先。そこには変わり果てた父と母の姿が、血だまりの中に在った。

「嫌……やだ……どう…………っ」

はくはくと口を動かすが、思うように声が出ない。

叫ぶことすら出来ない。それは恐怖によって声の出し方を忘れてしまったようにも思えた。

どうして。どうして?どうしてどうしてどうして!!

血だまりの中に僕は尻もちをつく。腰を抜かしながらも、這うようにして父と母のもとへと駆け寄る。触れるとまだ、温かい。しかしみるみるうちにぬくもりが消えていく。

……あぁ、まだいたんだね」

ふいに部屋の奥から声がする。ぞくりとするほど冷たい声。しかしそれでいて男とも女とも判断しかねる、捉えどころのない声だ。

……ねぇ。君はこの家の子?」

話しかけられている。暗闇から気配がするが、姿がよく見えない。

……あー、会話どころじゃなさそうだね。これでも子どもは好きな方なのになぁ」

声の主はつまらなそうに溜め息をつくと、ゆっくり足を進め僕に近づいてくる。

腰が抜けて、動けない。目の前の人物は僕の顔を覗き込むと、僕の首筋へと手を伸ばす。

 

――ならさ、遊戯をしようよ」

 

冷たい指が首をなぞった時。

僕の意識はここで途絶えた。

 

 

*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド」にて~

 

レノンでの一件後、俺達は北へ北へと向かっていた。

五度の夜を超えて、6日目。朝日に隠れるように、はたまた導き出されるかのように、その巨大な町は遥か彼方、シルエットとなって俺達の視界に飛び込んできた。

「ね、ね、もしかしてあれが私達の向かっている町!?」

疲れ果てていたアイリスの顔がいきを吹き返したかのようにぱっと綻ぶ。

「あぁ、間違いないよ。あそこに見えるのが王都。王都『ハーランド』だ」

「あれが……話には聞いていたが、実際見るとすげーでけ~

アルドニア王国、王都ハーランド。

レスティリア地方で一番の面積を所有する大国。今は王が変わり平和な町を謳っているようだが、以前まではかなり血気盛んに戦争活動をしていたらしい。国の所有地が広いのも戦争による領土拡大が関係しているとも……言われているが、所詮過去の話だ。

「オーランド王国とは友好的に関係性を築いていて、定期的な貿易も行われているんだよ。……知ってた?」

「へぇ~すごいねえ。初めて聞いた!詳しいんだねハク。さすが旅人ってとこ?」

「いや、それだけじゃねぇよ多分。こいつの身分思い出してみろって……

「ふふ。……まぁ、アポロンだったのは過去の話さ。前の王様がまだ王宮にいるのだとしたら、僕は立派な追われ者。この王都はおろかこの国の土は一切踏めていないだろうけど……今は王が代わっている。時効だよ」

「時効……って、追われ者にそういうのあるのか……?」

ハクの話によれば、アルドニア王国は数年前、王が代わっている。というのも、アルドニアの王族は絶滅寸前の危機に陥っていたらしい。以前まで君臨していた前アルドニア王アルスは、この窮地を打破しようとオーランド王国の王族を妃に迎えた。アルス王の没後、その妃がアルドニア王として君臨している。

 

――その名はグレイス=アルド=ラツァイファー。

 

「ま、とにかく。お前が王宮に行っても問題ないなら、王都についたらとりあえず挨拶に行くか?」

「それなんだけどね。行っても無駄足になるだけだと思うんだよね」

「え。どうして?」

「今のアルドニア王……グレイス王は、どうも国民に顔を出すことに忌避感があるようでね。国民自体も王宮に招きたがらないらしい。ましてや外部の人間なんて、顔合わせする前に門前払いされて終わりだろうね」

「はぁ……そういうこともあるのか。何か理由があんのかな」

「そこまでは僕も分からないね。まぁ国の方針というのもあるんだろうが……

「ま、今回王宮に向かう事はそこまで重要じゃない。僕達は僕達でやれることをやろうか」

「やれること……っつったら、まずは聞き込みだな」

「おなじみのやつね!まかせてよ」

アイリスが元気に頷き、……瞬間、地面を蹴り上げた。

「あ、アイリス?」

「それならやることはひとつでしょ!情報は捕まえないとすぐ逃げ出してしまうもの、急ぐに越したことはない。というわけで――王都まで競争しよ!」

「あ!ずりぃぞアイリス!フライングだ!!」

慌てて俺もアイリスの後を追いかけた。

「ふふ。やれやれ、元気がいいねぇ」

落ち着いたハクの声と、直後についてくる軽快な足音を聞きながら。

 

 

*ラルフ ~アルドニア王国「アルドニア国際図書館」にて~

 

「はぁっはぁっ……わぁ……!おっきいねぇ……!」

つかの間の全力疾走に息を切らしながら、俺達は王都の街並みを見上げていた。

王都インティウムに似通った風景に感じるものの、規模はやはり段違いだと感じる程には大きい。建物のひとつひとつが大きくそびえていて、まるでそれ自体が道を囲む壁のようだ。

「はぁ……っ、さて!さっそく聞き込み開始……と行きたいところだが、どこから行く?」

「こういうのは人の多いところ、かつ情報網の手厚いところを攻めるのが鉄板だろうね。大通りに王都が営んでいる図書館があったはずだ。そこに行ってみるのはどうかな」

「図書館!たしかにここなら色々と聞きこめそうね。人もいるし資料だって読み放題だもの」

アイリスが賛成!と言わんばかりに手をあげる。

「あぁ、たしかにいい考えかもな。……で、その図書館とやらは……

「ここだよ」

ハクがある建物の前で足を止める。見上げるとそこにはたしかに洒落た字体で『アルドニア国際図書館』と記されていた。

「おぉ~……すっげ、明らかにでけぇ町の大規模施設って感じだ」

「ほら、行くよ。しかしどこから調べようか……町の人々も事件の事をよく知らない以上、あまり表立って分かりやすい情報が転がっているとは思えないけれど」

そう言いながらもハクは図書館の中へと歩みを進める。図書館の天井は高く、本の城と呼ぶにふさわしいほどに貯蔵された書籍たちが俺達を出迎えてくれた。中には利用者が目当ての本を読んでいたり、学びのために机の上で紙を広げている様子もうかがえる。

俺も少し迷うようにしながら図書館を歩き回る。

「俺も普段本なんて読まねぇからな……こういう時どういうのから読んだらいいんだ?」

「タイトルや表紙のデザインから気になるものを手に取ってみると良いよ。案外そこから本にのめり込んだり、思わぬ情報を拾う事だってあるからね」

「なるほどなぁ~……って、アイリスはどこ行くんだ?」

俺が悩んでいる横で、小さい子ども達がいるコーナーへと吸い込まれていくアイリスを目にする。

「見て、きらきらな表紙がいっぱいあるの!ミカエルの家にはこんな本は無かったわ」

「これは……あぁ、絵本コーナーだな。たしかに他の難しい本に比べりゃ、表紙が凝ったものが多いな」

アイリスの向かった先は絵本コーナーだった。絵本の登場人物なのだろうか。丁寧なイラストが手掛けられているものや、金箔などがあしらわれているものなど子ども達に親しまれやすそうな本が、本棚の中で読み手の手が伸びてくるのを待ちわびている。

「絵本か、いいな。何か読んでみたらどうだ?」

「えへへぇ、いいかなぁ。何か読んでみようかなぁ」

アイリスは目を輝かせながら本棚を見て回っている。促しながらも、俺も全体を眺めてみた。絵本コーナーと謳うだけあって、ここ一帯は子ども達が多い。小さな子どもが絵本を読んでいるのが微笑ましいな。子どもが手にしている本の表紙をちらりと覗き見てみる。表紙には【Lost in the Space‐迷子の星の子‐】、【小さな仕立て屋】なんてタイトルが書かれている。童話が親しまれているようだ。

「見て、ラルフ!こんなの見つけたよ」

「お、なにかいい本見つけたか?――『レスティリア神話』?」

目当ての本を見つけたのか、分厚い本を片手にアイリスがひょっこりと戻ってくる。赤い表紙に金の装丁。こども向けの解説本なのだろうか、【神話】と名づく厳かな印象とは裏腹に、表紙には天使のような男女がデフォルメされたイラストが描かれている。

「レスティリア神話。……この地方に言い伝えられている神話の総集本のようだね」

「ハク!どこ行ってたんだよ」

「ずっと近くにはいたよ。でも向こうの本棚を回って来た。広い図書館だ、手分けしてみた方が早いだろうからね」

「ふむふむ……むぅ~?」

俺とハクが話している間にも、アイリスは本に釘付けになりながら椅子へと腰掛ける。

「三角帽子に分厚い本……こうしてみるとアイリスも様になるね。ただの文庫本も魔術書に見えてくるよ」

「実際に魔法が使えるかは置いといて、だけどな。……と、アイリス、それ俺も見て良いか?」

「ん?うん、いいよ」

俺はアイリスの横から本を見せてもらう。

「えっと、なになに……【『Eden』と呼ばれる領域で世界を創ったとされる男女がいた。名前をアダム=フィルタードとイヴ=スティア。イヴが生み出した『スティア』と呼ばれる世界の欠片を10個に分け、『世界の御子』と呼ばれる10人の人物に埋め込んだ】……」

俺の言葉に続いてアイリスも読み上げる。

「【10人の御子の名前はそれぞれカイン=フィルタード、ディルアンシア=スィネルリリィ、ルキオ=フライマ、K(クレア=クロル)ELECTRO-VT、リマ=ユクステッド、ディオール=クロノメーター、ルナシー=アレングラスト、シンシア=ドット=アルテリーゼ、Rz_1834。今は神話に成り果てた者達の名だ】……

アイリスの眉間にみるみるシワが寄っていく。

……難しいよラルフ!」

「あ~……たしかに何だかスケールのでかい話だな。ハクはこれなにか分かるか?」

「はは、神話なんてそんなものだよ。遠い昔か案外近い過去か、嘘か誠か分からない事象もやがて神話になっていくものだからね」

「昔いたかもしれないしいなかったかもしれない……ってこと?」

「そういうこと。僕達にその証明は出来ないだろう?せいぜい物語のひとつとして認識しておくのが現実的だろうね」

「ぐぅ……なるほどなぁ……

俺が納得しようと頬をかいた時だった。

「凡人には分からないだろうな」

ふわりと白いローブが視界にはためいた。

「ッ、うわ!!」

俺は思わず声をあげる。

「たわけ。図書館で声をあげるな。非常識め」

「あ……、なたは……エトワール!?」

俺への指摘を聞いてか、アイリスは半ば反射で声を潜める。

「エトワール?……誰だい、この男は?」

ハクがやや身構えながらも首を傾げる。

「度々俺の前にやってくる正体不明の男だよ。どこの誰かは知らねぇ……で、今日は何の用だよ」

「ほう。何か用があるというところまで察せるようになったか。無能は無能なりに成長しているらしい」

「褒めてんのかけなしてんのかどっちだよ」

「どちらでもいい。今日はお前達の目的に協力しに来てやったんだ」

……目的に?」

「お前達、『ハーランド失踪事件』について嗅ぎまわっているんだろう」

「!……何故お前がそれを?」

「『世界の事件大全集』という本を読んでみろ。お前はケイ=クロルという名の科学者を知っているか?」

俺の問いは無視して、エトワールは言葉を続ける。

……ケイ=クロル?それってだあれ?」

「ケイ=クロル……」

聞きなれない名前にアイリスは聞き返す。が、ハクがその言葉を聞いて一歩歩み出た。

「……おかしいですね、彼はもう存在していないはずですが」

「!……ハク、知っているのか?」

「……知り合いでも何でもないけれどね。……ねぇ、その本貸しておくれよ。君が持っているんだろう?」

「勘がいいな。あぁ、やる」

エトワールはハクに本を投げ渡す。その本の表紙にはたしかに『世界の事件大全集』と書かれている。

ハクが言われるがままページを捲る。あるページでぴた、と動きが止まった。俺もアイリスもそれに倣うように本の中を見る。

「……これは……なんだ、寝台列車の事件?」

アイリスは首を傾げたまま、そこに書かれた文を読み上げる。

「【高級寝台列車『Moira』で起きた怪奇殺人事件をひとりの魔導師が解決】……だって。へぇ、どこの地方でも魔導師は名を馳せているんだね?」

それに続いてハクが同じように読み上げる。

「……【『アランドリット家令嬢の失踪事件、殺害後犯人も同部屋で自害』、犯人は……令嬢を実験にかけていた科学者】。……被害者は子どもばかりを狙った事件だったのに御令嬢にまで手を出したのか」

「御令息アールグレイに御令嬢エレン――どちらも『アランドリット家』が関係している。偶然なのか……?」

 

「たわけ。重要なのはそこではない」

見当違いな相槌をうつ俺に、エトワールが半ば呆れ気味に腕を組んで睨む。こいつ……

「じゃあ何だってんだよ。意味深な事ばかりいいやがって」

「わざわざここでこの本を指定する意味を考えろ。『全く関係がない』ことを提示すると思うか?」

「考えろっつったって……関係性なんて何も……」

……。」

「ハク?」

ふいに無言になるハクにアイリスが首を傾げる。

「もしかしてなにかわかったの?」

……アイリス、ラルフ。ハーランドの失踪事件の構造を覚えている?」

「事件の構造?えぇと……狙われるのは必ず『子ども』、なんだっけ。それがどうかしたの?」

「……一連のハーランドのこの失踪事件。手口が似ているんだ、『ケイ=クロルの過激実験』にね」

……手口?それって子どもが狙われて、大人の知らないところで連れ去られてしまうというところ?」

「あぁ。正直こじつけのような気もするけれど……」

ハクは少し考え、エトワールの方へと向き直る。

「君も旅人の類だろう。……事件について何か知っているなら教えてもらいたいのだけど」

「何が知りたいか明確に。漠然とした事項に答えはしないぞ。私は頭で考えない奴は好かん」

……

ハクは一度口を閉じ、質問の問いを考えだしたように口を開いた。

「質問1。……ハーランド失踪事件。『失踪した子どもは誰一人として帰っていない?』」

ハクの問いに俺とアイリスは息をのんでエトワールを見る。

エトワールは腕を組み、やがて静かに口を開く。

……No』。失踪した子どもの中には、数日後に帰って来た奴もいる」

「は!?そうなのか!?」

思わず大声をあげた俺をエトワールは「うるさい」と言わんばかりににらみつける。わ、悪かったって。

それを制すように、ハクはさらに質問を投げかける。

「なら、次の問いにも答えてもらうよ。……質問2。『帰って来た子ども達はどんな状態?』」

……ほう。そこまで察しているとは大したものだ」

ハクの質問にエトワールの眉が微かに動いた。

「『腹を裂かれて帰ってくる』、がアンサーだ」

「ッ、やっぱり……」

「やっぱり……って、どういうことだよ?」

……ラルフ、『Moira連続殺人事件』の被害者たちの状態を確認してみてくれるかい」

険しい表情のハクにやや押される形で、俺は先程見ていた記事を見直す。『寝台列車Moira』で起きた事件。その被害者は全員まるで人狼に食われたかのように『腹を裂かれている』……って、これって……

「そう。……似ているんだよ、『Moira連続殺人事件』の被害者と、ハーランド失踪事件の被害者。失踪した子どもは腹を裂かれた状態で帰ってくる。これは被害者が揃って人狼に腹を喰われた『Moira連続殺人事件』に酷似している」

「まさか……偶然、だろ?」

「……僕もまさか、と思って半分推測で物を言ったのだけれど……それでも条件としてあっている以上、もしかして、と思ったんだよ。……案の定だった。過去の事件を模倣するのは、実行犯が自分の特徴を掴ませないためのありがちな手段ではあるけれど、……でも、待って。それにしたって奇妙じゃないか」

「なにか引っかかるのか?」

……

推察で物を言いたくないのか、はたまた頭の中で整理しているのか、口にせず黙りこくってしまうハクの代わりにエトワールが口を開いた。

「ハーランド失踪事件の被害者の腹は一晩にして何事も無かったかのように傷が回復するとも知られているんだ。奇妙なものだろう」

「なんでそんなことになってんだ?」

「そんなの自分で考えろ。いちいち聞くな」

こ、こいつ。

「お前達に与えるべき情報は与えた。これ以上渡せるものはない。あとは自分らで考えることだな」

そういうとエトワールはローブを翻す。

「ちょ、ちょっと待てよ。話すだけ話して退散しようとしてんじゃねぇって。前々から言ってるがお前は何者なんだよ?そこまで事件のことを知っていて、……まさかとは思うが、関係者だったりしないよな?」

……ハッ」

俺の問いをエトワールは鼻で笑う。

「ここまでの情報を聞いて考えだした答えがそれとはな」

「な、なんだよ。何でも疑って悪りぃかよ」

「悪くはないが単純思考だな。それでは困る」

「こ、困るって……じゃあ大体お前は何の為にここへ来たんだ。俺達がいたと分かっていたんじゃないのかよ……それかあれか、また冷やかしか?」

「そんなことのためだけに時間を使うはずなかろう。ここらに住む殺人鬼に会いにな。もう用は済んだ」

「殺人鬼!?」

隣で聞いていたアイリスが思わず声をあげた。大きな声が図書館に響き渡り、図書館の利用者の視線がこちらに集まる。

エトワールに睨まれ、アイリスは「あ……っ」と声を漏らして咄嗟に口を抑えた。

場に相応しくない声が響いたことでやや不審そうに見られてはいたが、どうやら内容までは詳しく聞かれていなかったためか、視線はやがて再び散っていく。

俺達が安堵した、その時。

「あの。それ本当ですか?」

近づいてくる小さな足音が、複数。

 

幼い声が、俺達を呼び止めた。