第二章「シーサイド・スーサイド・パーティ」

#13「海辺のマリオネット」

*ラルフ ~アルドニア王国「ハンネ海岸」にて~

 

とにかく走っていると、やがて街の外れに海が見えた。

俺は岩場の影に隠れ、荒れた息を整えようとしていた。

(こ、ここまでくれば……)

気を緩ませかけた途端体をこわばらせる。遠く離れた場所から、静かな足音が向かってきているのがわかる。

俺は走ってきた道の方をそっと見て……思わず息を呑んだ。

アルマドが浜辺にゆらりと入ってきている。

(バレてんじゃねぇかッ!駄目だ。静かにしねぇと見つかる……!!)

剣は置いてきた。周りに武器になりそうなものは何もない。オマケに砂浜じゃ足が取られて逃げにくい。

(クソ、これじゃ袋の中のネズミじゃねぇか…!!)

アルマドの足音は右往左往に響く。俺はじっと息を潜める。

ふと、足音が鳴り止んだ。

…………。行ったか……?

俺はそっと岩場の影から顔を出す。

俺の目の前には——同じように岩場を覗き込んできた、アルマドの顔。

「っ!!!」

剣を振り上げられる前に俺は咄嗟に砂を掴んで投げつけ、威嚇しながら距離を取った。

 

アルマドは一瞬たじろぎ、再び剣を構えて俺へとじわじわにじり寄って来る。

目は相変わらず虚ろなままだ。昼間のアルマドの面影はどこにもない。

「…………っ、アルマドさん!!何なんだよさっきから!」

返事はない。

「俺なんかしたか!?それともお前も悪い奴なのか!?」

返事はない。

「何が目的だ!俺を殺って何になんだよ!?」

返事はない。返事をする気もない。

俺の声を無視してたまま、俺に剣を向けて走り出す!

「っぶね!!」

俺は間一髪のところでそれを避ける。

「クソ!なんでこんな戦闘狂みてぇな…!」

アルマドは隙を入れないまま、再び剣を構えて俺へと振り上げる。

俺も再びかわす体制を取ろうとして……その瞬間、砂浜に足をとられ体がぐらついた。

「!やべ……っ」

体制を整えるには間に合わない!咄嗟に腕を盾にし、攻撃の衝撃に備えてぐっと力を込めた。

”Toxotes” !!」

その時、俺の視界から青い光が瞬いた。それと同時に細い影のようなものが視界に飛び込む。閃光が俺達の視界を眩ませたかと思うと、直後にアルマドの「うッ」という呻き声が聞こえる。

瞬きをしてチカチカする光を目から振り払うと、手のひらに切り傷がうまれ、そこから血をにじませるアルマドの姿があった。地面には矢が刺さっている。

「ラルフ!大丈夫!?」

聞きなれた声に俺は即座に振り向いた。

「すごーい!二人ともビンゴ!!」

「よ、よかった光らせるのは出来た。うぅ、まだ頭痛いぃ

「無理せずねアイリス。……それにしても、サーシャに急に呼び起こされたかと思えばラルフの部屋の扉が開いたまま、部屋も荒れてたから来てみればなるほどね」

「アイリス!ハクにサーシャ!!」

「ほら、忘れ物だよ」

ハクが投げ渡してきたものを片手で受け止める。それは紛れもなく俺の剣だった。

「さんきゅー!ハク、助かった!」

「サーシャの呼び出しのおかげさ。呼び出し方には疑問だったけど」

「でもすぐ気づいただろ?扉叩いて音鳴らしまくるのが1番手っ取り早いのさ」

1秒でもアタシの呼び出しが遅けりゃ、今頃ラルフは真っ二つだね!わはは!と陽気に笑っている。

いや笑えねぇよ。

内心ツッコミを入れつつ、アルマドの方へと見やる。アルマドは手の血をズボンで拭い、落とした剣を持ち直した。

「アル!何してるのさ、戦いなんてアルのキャラじゃないだろー?」

サーシャが声をかけるが、依然としてアルマドの反応はない。

ただ無言で虚ろな目をしたまま、剣を構えている。

「随分異様な感じがするね。アイリス、アルのアレはどうなってるんだ?」

「えっ私!?え、えとえと……本当かはわかんないけど……目のあの感じ……声が届いてないこの感じ、アルマドさんの意思に関係なく動いている証拠かもしれない」

「は、なんだそれ!?」

「そ、そういう魔術があるってミカエルの本に……!」

「ふむ、アルマドからその微量の魔力はあるか、分かる?」

「たぶんだけど……感じるよ。アルマドさんから黒いオーラが見えるの

「なるほど。つまりアルマドは……」

「『何者かに操られている可能性』が高い?」

「うんっ、そうなると思う」

「ふーん、アルってば面白いことに巻き込まれちゃって……

横で聞いていたサーシャがやれやれと言いながら、懐から両手に短剣を取り出す。

「じゃ。いっちょやったるか!」

サーシャは言うや否や、思いきりアルマドの方へと踏み込む。突然敵数が増えたことに戸惑う素振りを見せながらも、アルマドの方も剣を振り上げ対抗する。

キイイイイィンッ!!!と剣と剣がぶつかり合う音が浜辺に響いた。

サーシャの剣裁きは複雑だ。めちゃくちゃに剣を振り回している……ように見えるが、たしかな素早い剣さばきでアルマドがたじろいでいるのが分かる。

それはジャグリングのような、まるで空中を剣が踊っているような、そんな動きだった。

「お前は!!酔ってねぇの!?」

「何言ってんの!酒が入ってからが本領発揮ってとこさっ!ほら!!君たちも!!!」

「お、おう!!」

サーシャに触発され、俺たちもそれぞれの武器を構え臨戦態勢に入る。

「いいかい?アルマドを殺して止めるのは無しでね!そこんとこよろしく!」

「場合によっちゃ傷を負わせることくらいは大目に見てくれねぇか?」

「商売に響かない程度に頼むよ」

俺の問いに対してサーシャはにこやかにウインクする。

「どうせ大丈夫さ。アルは戦闘慣れしていない。大した戦力は持ち合わせてないだろうさ」

「ぬぅ…、わかったよ!」

俺は鞘を抜こうとして、鞘を抜かずにそのまま剣を構える。

アルマドも俺の姿を見てか、同じように俺へと剣を構える。

ハクやアイリスがいてもなお、アルマドの狙いは俺で変わりないのか。

なら俺もお望み通りやってやる!

「来いっアルマド!!」

鞘付きの剣を思い切り振りかぶり、アルマドの急所を狙う。

「  」

ギラリ。

アルマドは眼鏡を光らせ、大きな素振りで俺の攻撃を避ける。

アルマドも剣を突き立てるように俺へと突き出す。

「ちょいと失礼」

身を翻して腕を伸ばし、それをサーシャが短剣で叩きつけるように跳ね返した。

”Toxotes” !」

アイリスの光が瞬く。アルマドの動きが再び止まった。

「今だ」

ハクの矢が放たれ、アルマドの足を掠める。その拍子にアルマドがバランスを崩しふらついた。

俺は剣を鞘に納め、そのまま剣を構え――アルマドめがけて振り下ろす!!

「これで……っどうだぁーー!!!」

俺の鞘付き剣がアルマドの頭を直撃する。その瞬間、アルマドは糸が切れたようにぱたりと砂浜に倒れ込んだ。

……終わったか?」

俺の呟きに反応するように。間もないうちに身を震わせて、アルマドがゆっくりと目を開く。

「アル!大丈夫かい?」

意識を取り戻したアルマドの顔を覗き込んでサーシャが問う。問いの意味が分からないとでもいうように、アルマドは眉間にしわを寄せて身を起こした。

「こ、これは一体……?」

「覚えてねぇの?」

しばらく周りを見渡していたが、傷を負った俺達や戦闘フル装備のサーシャの姿を見て状況を察したのか、みるみるアルマドの顔が青ざめていく。

「もももしかしてこのアルマド、何か不敬をやらかしたであるか!?」

「え、えーっと……

「す、すすすすまない!」

言いづらそうにしているアイリスの言葉を待たず、アルマドは深々と頭を下げる。

「ちょ、頭をあげてくれよ!」

「いーやっ!このアルマド、何を言われずともラルフ殿らの佇まいを見て察したである!きっと何かよからぬことをしたに違いありませぬ……っ!」

「い、いや、そうだとしても……

……もしかして記憶が無いの?」

「え、えぇ。このアルマド、非常に言いづらい事態っ」

「へぇ、都合のいい言い訳だね。酒のせいかな?」

「ちょっとハク!そんな言い方……」

「いや、さすがにその線は無いね」

ハクの言葉をサーシャがゆるりと否定する。

「アルが酒でこんな暴れ馬になった事なんて今まで無かったし、あの程度でつぶれるほど酒癖弱くも無い」

「じゃあ、やっぱりさっきアイリスが言ってた『操られていた線』が強いのか?」

「う、うん。そうなんじゃないかな」

……アルマド」

「まぁ、待ってくれよ。アタシが訊く」

ハクの言葉をサーシャが止め、サーシャがアルマドに向き直った。

「起きてから早々ですまないね、聞きたいことを聞かせてもらうよ。アル、ここに至るまで何か妙なことは無かった?そう、例えばいつもと違うこととか」

「いつもと違うこと……?そういわれましても特別違うことなんて

ありませぬ、と言いかけたところで眉間にしわを寄せる。

「そ、そういえば。今日はやけに疲れていたような……

「体が?……そういえば身体が重いってさっき言っていたような」

「へぇ?興味深いね。いつからか聞いても?」

アイリスに続いてハクが踏み込んで問う。

「いつから……うぬぬ。商売中は何事も無かったように思うが……。あ」

「あ?」

「そういやあのお客人!!」

アルマドはバッと俺の方に目を向ける。

「ラルフ殿らが退店なされた後、あるお客人が道を尋ねてきたのです。黒服で掴み所が無く……どうにも奇妙な男であった」

「そいつがどうかしたのか?」

「その者は佇まいこそ奇妙だったが、振る舞いがよく良いお客人であったのである。……ゆえに好印象であったのだが……思えばその男を見てからかもしれぬ、妙に体が重かったのはそのせいやも」

「黒服……もしかして黒ローブの奴だったか?」

「ご名答!もしや知り合いであるか!?」

「俺らが追っている奴らの仲間かもしれない。そいつの顔は?」

「お、思い出せぬ……。黒ローブの容姿は思い出せるのに、なにゆえ……?」

「顔だけが思い出せないの?」

「うう……力になれなくて面目ない」

「気にしないでくれよ。とにかく、今の話でアルマドさんがそいつに何かされてたのかもしれないという事はわかったから。……な、ハク」

……ま、そういうことなら仕方ないね。」

ハクは不服そうにしながらも引き下がった。

「どうする?ラルフ、ハク。追いかける?」

「いや、ここで追いかけるのは得策ではないだろう。向こうがアルマドさん一般人を使ってきた以上、ラルフの……僕達の尾行はバレている。向こうも向こうで僕達に干渉する必要があるようだし……いずれあちらから顔を出してくれるのではないかな」

「まぁ、それもそうだな。今は予定通り、ハーランドに向かおう。明日の日の出で出発だ」

「話はまとまったかな?」

サーシャがアルマドの肩を組んでにっこり微笑む。

「アタシのダチが迷惑かけたね。アルも本意じゃなかったようだし、許してやってくれないかい?」

「あぁ、それはもう大丈夫だ。むしろ巻き込んで悪かったな」

「お、恩に着る……このアルマド、なんとお礼を申したらよいか」

「よかったね、アル。で?アンタたちは明日ハーランドに出発か。ここは良い街だ、もっといなよ!といいたいところだけど……目的のためならしょうがないね」

「サーシャさんもありがとう。襲われた瞬間サーシャの助太刀が無かったら俺、やばかったかもしれねぇ」

「別にー?変な物音がしたから来てみたら当たりを引いただけさ。アルの様子もなんか変だったし……さ、寝冷えする前に宿に戻るよ。せっかくの酔いが冷める前に。ね」

「酔いまくってんのはサーシャとアルマドさんだけだよ……」

そう言いつつも、俺達は談笑をしながら足早に宿へと戻ったのだった。

 

*ラルフ ~アルドニア王国「宿屋『ワイングラス』前」にて~

 

「サーシャにお願いがある」

翌日。俺達の出発を見送りに来てくれたサーシャに、俺はとある事を切り出そうとしていた。

アイリスは俺の事を固唾を呑んで見守り、ハクは腕を組んで事の成り行きを見守っている。

「ふうん?言ってみて」

「サーシャは傭兵。ってことは、別にこの街に留まってるわけじゃないんだろ?」

緊張している俺とはうって変わって、サーシャは昨日と変わらないニコニコ笑顔を浮かべている。

「まぁね。アタシは気ままにフリーな兵士やってるだけさ。この街にはアルもいるしお気に入りのバーもある。つい足を運びがちなところはあるけどね」

「ならさ!」

俺は踏み込むようにサーシャの顔を見る。

「俺達の追っている奴ら……グリフォレイドの奴らがまた妙な事で動くかもしれない。端的に言うと戦力が欲しいんだ」

「ふむふむ。それで?」

「俺たちは今回お前に助けられた。お前の力があればきっとこの先の敵だって――。だから頼む。力を貸してくれ」

「ふーん。それはつまり?はっきり言っておくれよ」

サーシャは言葉の先に期待を寄せるように促す。俺はサーシャの目を真っ直ぐに見て切り出した。

「よかったらさ!お前も俺たちと一緒に来てくれないか?」

「うん。やだね。断る」

「なっ……え?」

「えーっ!駄目なの!?」

食い気味に断られ俺は拍子抜けした。

アイリスもずいとサーシャの方へと身を乗り出し、ハクはサーシャの言葉と俺たちの反応を見て苦笑いをしている。

俺たちの反応をよそに、サーシャは「だってさ、」と手をひらひらさせる。

「だって君達といて、アタシの『七つの欲』が満たされるなんて保証されないだろ?アタシはアタシの道を征くってことさ」

「でも、同じように各地を転々とするのは変わらねぇんだろ?だったら…!」

「それはそれ、これはこれ。大体、アタシが君たちについていくことになんのメリットがあるんだい?君たちにとっちゃ戦力は必要かもしれないが、アタシは別に自分を守る術は持ってるし。何なら護るモノが増えりゃ、それだけアタシの負担にもなるし?そんなわけでお断り!残念でした!」

サーシャは親指をグッと立てる。まだまだ食い下がりそうな俺たちを見かねたのか、ハクが俺とアイリスの肩にポンと手を置いた。

「ある意味清々しいね。その生き様は尊敬するよ」

「お、話が分かるね緑の。まぁ、君たち王都ハーランドに行くんだろ?またそのうち会えるよ。その時はよろしく、諸君」

アルと晩酌の続きをする約束も、まだ今夜に控えてるからね。と手を降る。完全に見送りの姿勢だ。

「はい、そういうことなら無理強いは出来ないね。行こうラルフ、アイリス」

「うぅ〜。残念……」

「はは、むしろ昨日の今日でそこまで気に入ってくれたのは嬉しいよ」

「ぐぅ……わかったよ」

俺もハクとアイリスの反応を見て渋々引き下がった。

「そういやアルマドさんは?」

「あぁ、アル?アルはまあ、全身筋肉痛ってとこかな。昨日の騒動で、自分の意志とに反して普段使わない筋肉使ったから……今は部屋で寝てるよ、気持ちよさそうないびきかいてね」

「あぁ〜なるほど……。ならせめて!アルマドさんにもよろしくな、サーシャ」

「任せて!アルにも言っとくよ。じゃあね諸君、また会おう!」

潮風の吹く穏やかな街。アルマドを利用し、その街にたしかに存在を見え隠れさせたグリフォレイド。

俺達がグリフォレイドを追っているのはとっくにバレている。ならばこちらも少しでも早く居場所を突き止める他ない。

「っし。出発だ!」

レノンの街を出た俺達。次に俺達が出会うのは、敵か、味方か。

 

*??? ~アルドニア王国「???」にて~

 

んー。

やっぱり簡単に突破されちゃったね。

 

中ボスに一介の商人じゃ、ちょーっと物足りなかったかな?

 

ま、当然か。大した戦力

 

次は王都ハーランドか。……

 

ふふ。盛り上がってきたね。

 

次はどいつで遊ぼうかな♪

 

 

 

 

第二章「シーサイド・スーサイド・パーティ」 END.