第二章 「シーサイド・スーサイド・パーティ」

#08「初心者マークの二人旅」

* ~オーラニア王国「大森林」にて~

 

知っているかい?

 

森の間に風が吹き抜けると、木々と木々がぶつかり合うようにざわつく。

 

風が吹き荒れると、狼の遠吠えのように遠くの方までも音を運ぶ。

 

風は時に音を、匂いを、運を、噂を、声を、遠くへ遠くへと運ぶんだ。

 

まるで獣の叫びのようだろう?たった一つの事象だけでこんなにも自然は表情を変える。

 

ふふ、面白いね。

 

 

…………あぁ。

 

聞こえる。

 

* ~オーラニア王国「ウィルヴァ鉱山・炭鉱の橋」にて~

 

ヒュドラの町を出た後。俺達はバトラーの言っていた炭鉱夫の橋を目指してウィルヴァ鉱山を左回りに進んでいた。

「ねぇねぇ、あの人がそうじゃない?」

岩と岩の間を縫うように出来た細道。その前にテントを張り、工具のようなものを並べて作業している奴がいた。目つきの鋭い、土で汚れた作業服を着た男。まさに仕事の最中、といったところだろうか。

「すみませーん、鉱山夫の方ですか?」

「ん?おー、そうだがなんだ、旅人か?」

「まあそんなとこだな。

「あのクソ神父んな事言ったのかよ。うちの鉱山業をなんだと思ってんだ」

もはやクソが代名詞なのか、あの神父は。

「あー…まあいいか。いいぞ。俺はアイツみてぇにケチくさくねぇ。通れ」

「いいんですか?」

「構わねぇよ。足場が悪りぃからそれだけ気いつけてくれや」

「この道真っ直ぐ行きゃ荒野に出る。平坦な道が続くからそのまま進め。平原に出たらあとはまぁ、わかるだろ」

平原。俺が最初に通ったエーニャ平原か。

「鉱山夫さん優しかったね」

「意外と気さくな奴で助かったな。あとは道なりに進んでいけばいいんだよな」

「地味~~に坂になってるからちょっときついねぇ。けっこう上まで上がってきた?」

アイリスの言う通り、たしかに緩やかなのぼり坂にはなっているようだ。歩くにつれて周りの景色が少しずつ高く、見晴らしもよくなっていっているように思える。

石や土だらけの坂道は少し疲れるが、岩肌の隙間から見せた広い景色、そしてその間に続く木製の橋は俺達の少しばかりの疲労を打ち消してしまうことなど容易かった。

お!これじゃねぇか?バトラーの言ってた橋ってのは。くだりに差し掛かったな、ここが折り返し地点か」

「見てラルフ!あっちにお城が見える!」

アイリスがはっとした様子で指差す。指の先を辿ると、街の全貌こそ見えないが、街の中にはっきりと聳え立つ立派な建造物が立っているのを見つけた。

「オーラニア王宮だな。見えてきたぞ王都が」

「王宮!おっきいなぁあの街が王都インティウム

アイリスは杖を握りしめ、王宮を凝視している。聞かなくてもそわそわとしているのが目に見えて分かった。待ちきれないという様子で、アイリスがばっと俺の方を見る。

「はやく行こ!ラルフ!」

「っし!一気にわたるぞ!」

「どっちが先に王都につくか競争ねっ!…よーいっ」

言い終わらないうちにアイリスが俺の視界の端から飛び出した。不安定な足場であることをものともせず、アイリスは岩肌の道を、橋を難なくわたり、どんどんくだっていく。

「あっ!おい待てっ早ぇよずるいぞ!!いてっ」

踏み出した先の小石につまずきつつ、俺も慌ててアイリスに追いつくべく走り出した。

 

* ~オーラニア王国「エーニャ平原・王都門」にて~

 

橋を駆け下り、荒野を抜け、エーニャ平原を突っ切り。俺達は王都の入口へと来ていた。エーニャ平原に降りてからも、行きに現れたグリフォンのような怪物は現れる事はなかった。競争はというと…結局アイリスが途中で盛大につまづき、転倒。怪我こそ無かったが、勝負は途中で無かった事になった。

とにもかくにも、とりあえず王都でミカエルの情報を聞きまくる!そこからアルドニアでも件のグリフォレイド達について情報収集!と、そう思っていたのだが。

「悪いな。王都は現在立ち入り禁止となっている。」

は?」

王都の入口である門の前に立つ門番2人組が、入口を護るように立ちふさがっていた。

「我が国王のご命令だ。“王都に外部の者を入れるな”と。…分かったら立ち退いていただこう。ほら、行った行った」

「ま、待ってくれよ!俺は王都の人間…つーか、俺はさっき王直々に命令を受けた。俺も立ち入り禁止なのか?」

「む?お前はもしや…メイジス卿の話していた『救世主』ってやつか?」

ひとりが俺の事をじろじろ見やる。

「どうやらそうらしいな。そうだ。悪いな救世主殿、救世主殿が出発した直後に取り決められた国王のご意向なのだ。『たとえ内部の、王宮関係者であっても。一度王都を離れた者は決して王宮に近づけるな』と」

厳戒態勢ってことかよ

王女が攫われた。国としては一大事。せめて外からの者の出入りを封じてリスクを減らすというのが狙いだろうか。

はたまた外部に変な噂を垂れ流さないようにそれとも、王都内は今混乱状態だから、という警戒のもとだろうか。

門番2人は早く立ち退かないかとでも言いたげに眉を顰め俺らの方をじろじろ見てくる。それに割って入るようにアイリスが食い気味に声をあげた。

「ね、ねぇ!入れないなら諦めるから…これだけ!ミカエルっていう魔導師がここを通ってない?」

ミカエル?」

「うん。私と似たような杖を持って水色の髪が綺麗な女の子なのだけど。ずっと行方不明で

怪訝な顔をして門番の二人は顔を見合わせる。フォローを入れるように俺もそれに続いた。

「この子が捜してる友達が行方不明になっているんだ。王都内にいるかどうかだけ知れたら、俺達はこのまま街に入るのを諦めるからさ。それだけ教えてくれませんか?」

「……あー、まぁそんくらいなら…?」

「馬鹿、いいのかよ。変な事したらメイジス卿から大目玉だぜ」

「探し人の協力くらいいいだろ。メイジス卿だってそんなことで怒らねぇ多分。救世主殿の連れだしむしろ人助けした!って褒められちゃったり??ゴホン、外部からの入門表はたしかここに

言いながら一人は門の傍にしまってあった本のようなものを取り出す。確認している様子を見るに、その中に入門者の名前のサインが書き連ねてあるらしい。

「…あー、そのような名前の魔導師がここを通ったサインは残されていないな…聞き覚えもない名前だが……」

「本当に?絶対絶対可能性はない?」

「ないない。国王に誓って、いや、ルミエラ様に誓ってだ。…あ、密入国ならぬ密入街の場合を覗いてな」

「みつ、にゅうがい?」

「法を無視したやり方で街に入り込むってことだよ。いわゆる犯罪者ってやつ?」

茶化すように発せられた犯罪者、の言葉に確実に空気が冷えたのが感じられた。それに気づいていないのかその男はしゃべり続ける。

「魔法使える連中は何しでかすか分かったもんじゃねぇってな」

「いやお前なぁまぁ可能性はあるが」

「…ひ、ひどい!ミカエルはそんな事する子じゃないよ!」

もう1人の門番が失言をそれとなく止めに入るが、何かいいたげに、申し訳なさそうに俺達いや、アイリスの方を見つめてきた。

これは引き下がった方がよさそうだな。

あー、ゲフン!いないなら仕方ないな!うん。アイリス、行くぞ!ここじゃないみたいだ」

「え!まってよラルフ、まだ可能性が無くなったわけじゃ!」

「良いから来いって」

俺は半ば無理やりアイリスの腕を取り、門番の二人に軽くお辞儀をして引き下がる。お辞儀を返してくれた二人を尻目に、そのまま平原へと走り出した。

 

**************

 

「もー。なんで?あの人達の一言二言で結局振り出しなんて。それに失礼だよ、ミカエルを犯罪者扱いなんてさ!」

「別に可能性を提示されただけで決めつけられてはいなかっただろ?…向こうもピリついてんだろ。国の王女が連れさらわれた、なんて王にとっても国にとっても大事件でしかねぇんだから……むしろ王がこうやって対策を立てるくらい普通だと思うぜ」

……うぅそれもそうだけど。じゃああの二人の言う通り、ミカエルは王都にはいないってこと?」

「……分からねぇけど。今の厳重警戒状態で情報を探って回るってのはなかなか無理があると思うぞ。今は他を探してみるのもアリなんじゃないか?少なくともあの街への門を通った記録はないっていうんだからさ」

「…………うぅ」

何か考えるようにアイリスは俯く。そして何か思いついたように、俺の方を向いてきた。

「ラルフは……この後マリー王女様を探して、助けに行くんだよね?」

「あぁ。そのために色々まわってみようと思う。まずはバトラーに行った通りアルドニアだな」

「そっか。うん、そうだよね。ならさ。えっと」

アイリスは杖を握りしめ、俺に真っ直ぐ向き直る。

「私、ラルフについて行く」

その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。

……いいのか?でもお前、ミカエル探しはどうするんだよ」

「ミカエルは大事だよ!ミカエル探しもしたい。……けど」

……けど?」

「でも、……でも、国が……オーラニアがそんなに大変な事になってて。リーシャみたいな、あんな人が色んな悪さをして……見逃せないよ、そんなの」

だからね、とアイリスは続ける。

「だからラルフについて行きながら、世界をまわる。どこに隠れてても絶対にミカエルを見つける。……で、グリフォレイド?さん達が出てきたら……魔法でやっつける。せっかく魔法が使えるんだもん、私頑張るよ。絶対絶対、ラルフの力になってみせる!」

言い切ったあと、ふうっと息をついて「駄目、かな」と俯いた。

その様子を見て俺はガシガシと自身の頭をかく。

「……本当にいいんだな?長い旅になるかもしれねぇぞ?」

「そんなの元々だよ。……だから。ね?」

一人より二人、人数が多い方が心強い。何より、アイリスを放っておけない。

そんなの、断る理由がない。

「っし、わかった!後悔しないならついてこい!」

俺の言葉を受け、ぱっとアイリスの表情が晴れやかになった。

「うん!」

アイリスと俺…ラルフ。

旅は始まったばかりだ。

 

「よし、北東へ行こう。行くぞ、アルドニアへ」