第1章 「冒険の始まり」

#02「襲来」

*ラルフ ~オーラニア王国「オーラニア王宮・大広間」にて~ 

 

「っ、なんだ!?」 

俺は突然の事に驚き辺りを見渡す。爆風に煽られ、大広間を彩るステンドグラスが次々に割れていく。

驚く間も与えられないほど、みるみるうちに黒煙が濛々と大広間を満たしていく。 

「何事だ!?」 

「な、何者かの襲撃だ!どうしましょうメイジス卿!?」 

王宮の者も突然の爆発に動揺を隠せずにいるようだ。ギークがメイジスに指示を仰ぐより早く、オーランド王は叫ぶ。 

各位に告ぐ!ノルヴァスは私と王女の護衛をしろ!レイヴァスは戦闘態勢に、ファンディアスは国民を城外へ避難させろ! 

「その必要はない」 

オーランド王の命令を遮断するように告げられた、一言。 

刹那、上空から青い雨にも似た何かが大広間全体に降り注いだ。 

「液体……!?」 

雨に触れるなぁあぁぁあぁ!!!!」 

エインの指示で俺はとっさにマントを被りそれを避ける。目まぐるしい数の水の粒が当たるのをマント越しに感じる。 

「な、なんだこれっ…は……」 

みるみるうちに人々のざわめきが聞こえなくなっていく。 

雨が止み、恐る恐るマントから顔をのぞかせ辺りを見渡すと、そこには戴冠式に来ていた臣民とギークをはじめとした殆どの王宮の精鋭達がぱったりとその場に倒れていた。 

「これは…!!」 

「っ、何者ですか!姿を現せ!!」 

メイジスの怒声に応じるように、黒煙の中現れたのは黒ずくめの2人組だった。 

1人は覆面の男。もう1人は空を飛ぶ男…否、女だろうか?どちらもゴーグルを身に着けている。フードを深く被っており、顔までは判別出来ない。 

その覆面の男の両手には、力が抜けてぐったりしているマリー王女が抱えられていた。 

「これがオーラニアを守る精鋭達か。平和ボケした良い皮の面だな」 

「お前いつのまに…!王女に何をしたんですか!!」 

「ああ、大丈夫よ死んでないから。王女様は私の作った薬で眠らせているだけ。ついでに言うならここで倒れている人達も皆眠っているだけよ」 

黒ずくめの男に憤るメイジスを黙らせるように、黒ずくめの女は淡々と告げる。女が背負う鞄型の機械から伸びた機械の腕は青い液体の入ったフラスコが握られており、恐らく彼女が先程の雨を降らせたのだろう。 

「レイヴァスの諸君、命令だ!先にあの女を墜とせ!!」 

エインの指示に、レイヴァスの団員達は呪文詠唱を始める。黒ずくめの女は彼らの戦意を買ったのか、レイヴァスのもとへと向かっていく。 

俺は焦る気持ちを抑え、とっさに状況を見る。臣民の避難誘導に取り掛かろうとしていたファンディアスはメイジス以外全員眠っている。ノルヴァス達はオーランド王を避難させているし、レイヴァスは黒ずくめの女と戦っている。 

玉座に近い位置にいるのは三権の中でファンディアスが1番。ファンディアスの参列者でまともに動けるのは俺とメイジスだけ。そのメイジスに気を取られ、黒ずくめの男は俺に気付かない。 

――俺が、やってやる。 

「まて!」 

俺はすぐさま剣を抜き、玉座の前に立つ黒ずくめの男へと走り出す。相手は両手が塞がっている。攻撃は出来ない! 

俺は柄に力を込め、相手の背中へと剣を振り下ろした。 

俺に気付いた男は、とっさに身を翻す。俺は男の着地点を見定め、男の脚めがけて剣を――。 

「単純」 

何処からか吐き出された、呟き。 

上を見上げた先には、レイヴァスの方へ向かっていったはずの黒ずくめの女が機械の手を振り上げじっと俺を見ていた。 

機械の手が握るオレンジ色の液体で満たされたフラスコは俺の足元に叩きつけられ、パキッと言う乾いた音と共に爆発した。 

 

ドオオォオオォオオン!!! 

 

「っ!!」 

爆発の熱と衝撃で全身に激痛が走る 

くそ、なんで魔術がお前何をした!? 

焦りをにじませたエインの声。女が背を向けた先には動揺を隠しきれていないレイヴァス達がいた。 

「さっき降らせた薬品、元々魔力抑制剤をちょこっと強化したものなのよね。しかもこの薬品、気化するのがとっても早いの。本当は液体のままの方が効果はあるし眠らせる事も出来たのだけど。直接肌に触れなくたって肺に入っちゃえば同じでしょう?」 

魔力抑制…だと? 

ま、時間経つと効果が切れてしまうのが難点だけどね。ちょっと調合の仕方を変えたらこんな使い方が出来ちゃうのよ便利よね。…じゃ、そういうことで 

「おい待て!まだ話は終わって」 

「魔術の使えない魔導師と話すことなんてないわね 

言い終わるより早くレイヴァスに投げつけられたのは、先程と同じオレンジ色の薬品が入ったフラスコだった 

 

ドォオォオオオオォン!!!!! 

 

次の瞬間には、俺と同じように爆発を食らいうずくまったレイヴァス達の姿があった。まずい、このままやられるわけにはいかない! 

俺は爆発の衝撃で殆ど力の入らない足を強く踏ん張り、黒煙の中男がいるであろう方向へと向き直る。 

しかしすぐさま俺の腹に衝撃が走る。俺が一歩踏み出すその一瞬の時間で、黒ずくめの男の拳があてがわれていたのだ。 

「かは……っ」 

「馬鹿め。己の実力も把握出来ていない身の程知らずが」 

俺は衝撃に耐えられず、その場に崩れ落ちる。黒ずくめの男は俺に冷ややかな視線を向け、メイジスへと言い放つ。 

「我が名は『グリフォレイド』の刺客ジン。オーラニア王国の王女はいただいていく」 

朦朧とする頭に響く男の声が妙に気持ち悪い。 

「また、黒い太陽……」 

割れたステンドグラスの向こうに見える、不気味な程に黒く輝く、異常な太陽。 

まるで嘲笑うように国中に降り注いでいるその光を見ながら、俺の意識はそのまま暗転した。 

 

 

*ラルフ ~オーラニア王国「オーラニア王宮にて~ 

 

「う………」 

足に何やら冷たい感覚を覚え、目をこする。目を開けると、どこかの部屋の一室の天井が俺を見下ろしていた。背中に感じる温かい布の感触から、俺は布団寝かされている事に気付く。 

どれくらい眠っていたのだろうか。 

「目が覚めましたか」 

ふと天井と俺の間に女性の顔が割り込む。服装からしてメイドのようだ。 

「ここは…?」 

「オーラニア王宮の一室です。ラルフ様は先程の騒ぎで気を失ってしまわれたので介抱させていただき、勝手ながら治癒魔法をかけさせていただいておりました。…具合の方はいかがですか?」 

言われて俺は気づく。倒れる前の激しい腹の痛みも灼けるような足の痛みも、始めから無かったかのようにすっかり無くなっているのだ。 

「ああ、だいぶ回復したよ。ありがとう」 

「よかったです」とメイドの女性は微笑む。柔らかいその立ち振る舞いに俺は自然と口元が緩むのを感じる。 

いかんいかん。剣士たる者、こんな事で気持ちが緩んでてどうする。 

でも、あれだ。目が覚めたらメイドの女性に介抱されていただなんて、きっと世の男の人生の憧れだろう。よってこれは正しい反応だ。俺が間違っているわけではないのだ。そうに違いないのだ。 

「ラルフ様?どうかされましたか?」 

「ん?ああ、いや、何でもないデス」 

メイドに話しかけられ、俺は我に返る。いつのまにか自分の世界に入り浸ってしまっていたようだ、これはいけない。 

…いや、というか待て。そんなこと言ってる場合じゃないような…。 

「そうだ、王女様はどうなったんだ!!皆は、メイジスさんやギークは!?」 

「落ち着いてください、メイジス様やギーク様をはじめ、三権の方々や王宮の者は全員無事です。メイジス様は今、国王様のもとにいらっしゃいます。王女様については…ラルフ様。目を覚まされたばかりで申し訳ありませんが、オーランド王様が音の間でお待ちです」 

メイドの言葉に少し濁りが入ったのを感じた。気を失う直前の事を思うと、やはり護り切れず連れ去られてしまったのだろうか。 

「詳しいお話は音の間で行われるかと思います。そちらまで一緒に参りましょう」 

俺は焦る気持ちを抑え、オーランド王がいるという音の間まで向かう事となった。 

 

 

*ラルフ ~オーラニア王国「オーラニア王宮・音の間」にて 

 

「着きました。ここが『音の間』です」 

言いながらメイドは扉を開ける。扉の先には数々の絵画で彩られた大きな空間が広がっており、そこに4人の男女が揃っていた。 

開いた扉に反応し、1人が俺の方を振り返る。 

「メイジスさん!」 

「ラルフさん!無事でしたか」 

メイジスは安堵するかのようにホッと胸をなでおろす。心配してくれていたのだろうか。ちょっと嬉しいな。 

俺は音の間をぐるりと見渡す。様々な絵画が飾られているその最奥にはひと際大きな絵画があり、その前には王冠を被った男性――オーランド王が、険しい顔をして立っていた。 

「オーランド王様。ラルフ様が目を覚まされましたので連れてまいりました」 

「おお。ご苦労もう下がって良いぞ 

「失礼します」と一礼し、メイドの女性は音の間を出ていった。オーランド王はというと…取り乱した後なのだろうか、少し冷静さを欠いているように見える。 

俺が音の間へと入ると、メイジスが胸に手を当て頭を下げてきた。 

「先程は申し訳ありません。王宮の権力者でありながら、あのような場で太刀打ちする事が出来ず…。お詫びをするつもりが、かえってラルフさんを傷つける結果となってしまいました」 

「そ、そんなやめてください!こちらこそ襲撃を止める事が出来なくて、何と言ったらいいのか…」 

野良の剣士なんて一般人と同等だ。ましてや敵襲にもまともに太刀打ち出来なかった剣士に頭を下げるなんて、王宮の権力者がするような事ではない。 

「そうだぞメイジス。魔導師以下の剣士なんかに頭を下げるなどみっともない。ファンディアスだけならともかく、これでは三権全ての名が廃るだろ?変な真似は控える事だな」 

ピシ、と空気が凍るのを感じる。 

割って入ってきたのは、先ほど戴冠式の進行をしていた男――レイヴァス団長のエインだ。 

「…私は一般人であろうと王宮の者であろうと同等の存在であると考えているのでね。剣士であるというだけで誰彼構わず差別するようなエイン殿こそ口を慎んでいただけますか」 

「差別だなんて人聞きの悪い。俺は事実を掲げているだけだぜ?物理攻撃の剣術なんかより万能である魔術を使った方が断然良いだろってな」 

「その魔術でマリー王女を護れなかったのはどなた方ですか?」 

「ンだよ。戦う事すら出来ないファンディアスには言われたくないな」 

「レイヴァスは王宮を護る為に存在する戦力です。大切な王族を護れない奴らが三権の1つであるレイヴァスの名を語らないでください。…あと、口の利き方に気をつけなさい」 

「うるせぇな。ファンディアスとか言うお堅い頭の集まりは政治でもやっときゃいいんだよ」 

「失敬な…!」 

「なぁ、お前もそう思うだろ?ウェイル」 

ふん、と鼻で笑いながらエインは横にいた女性に話をふる。先ほど見た青いドレスを着た女性――ノルヴァスの代表の人だろう。 

「…知らない。私はそういうの興味ないの、2人だけでやってちょうだい」 

「チッ、なんだよ。つれない女め」 

「私語を慎め。三権に関しての話は後だ。そろそろ本題に入らせてもらう」 

好き勝手話す三権トップ達を黙らせるようにオーランド王は睨む。オーランド王は深い溜め息を吐くと俺に向き直った。 

そこの剣士、先程の騒ぎは見ていたな」 

「はい。突然襲撃に遭って…それで」 

「そうだ。我が王国の次期女王、オーランド=マリー=ラツァイファーが連れ去られた」 

オーランド王は険しい面持ちで続ける。 

「…メイジス郷から聞いた。お前、ラルフと言ったな。どこの生まれの者だ」 

「出身は……」 

言いかけてラルフは硬直する。出身?俺の生まれはどこだ? 

「どうした言えないというわけではあるまいな? 

「いや、それが…」 

オーランド王に催促され、俺はうんうんと唸りながら記憶をたどる。 

しかし俺が分かった事は1つだけだった。 

「…記憶が、無いんです 

出身だけではない。住んでいる家も、家族の事も、全て。 

言えないのではない、思い出せなくなっている 

「記憶が無い?記憶が無いのはどの辺りからだ? 

噴水でギークに会ったところからは覚えてるんです。でもそれ以前の事が思い出せなくて… 

は?そんな見え透いた嘘吐くなよ 

ギロ、とエインに睨まれ俺は肩をすくめる。そりゃそうだよな、あんな襲撃があった後に記憶が無いと言っている奴なんて怪しいがすぎるよな!? 

素性を明かさない事は今の状況では不利になる。もし嘘をついているなら今この場で拘束させてもらうが? 

エイン殿 

助け船を出してくれたのは、またもメイジスだった。 

「先程の『グリフォレイド』とやらは行き当たりばったりではない、用意周到な襲撃をしてきました。もしラルフさんが奴らのスパイであるというなら、虚偽の過去など予め用意していくらでも吐けるのではないでしょうか?ラルフさんは先程の襲撃で最前線に立っておられ、相当の怪我を負いました。そのショックで本当に記憶を失ってしまった可能性も捨てきれません 

そんなの推測にすぎないだろ? 

推測でものを言っているのは貴方もでしょう?疑うのも無理はないですが、記憶が無いという彼の言い分も念頭に置く事が最善かと。1つの考えに固執していては破滅を招きますよエイン殿 

ふん、随分とこいつの肩を持つじゃねぇか 

メイジスの言葉を鼻で笑い、エインは黙りこむ。音の間が静まり返るより早くウェイル口を開いた 

「…メイジス曰く、ラルフは王宮へ来る前魔術の類にも出くわしている。それが記憶操作を施す作用があ事も十分考えられるかと 

「ええ、それに神託の事もあります。どちらにせよ、私達がなんと言おうとラルフさんを無下に扱う事は出来ませんよ」 

…神託?なんのことだ。 

王様、もうお分かりでしょう?ラルフさんこそが『彼』だと  

「…ラルフよ」 

俺の様子、そしてメイジス、エイン、ウェイルの言葉に考え込んでいたオーランド王は口を開いた 

オーラニア王宮には神より告げられし神託があるのだ。『我が王国の希望失われし時、王国と共に世界を飲み込む闇を操る者が崩壊を呼び込むだろう。過去にも未来にも囚われぬ狼の名を持つ男、闇の配下現れし時世界を救う勇者として現れる』とな。我々はこの男をこう呼んでいる―通称《救世主》(メシア)と 

一拍置き、オーランド王は続ける。 

我が希望であるマリーは連れ去られた。このまま運命を辿れば、我が王国は滅びそれを起点としてこの世界が次々と滅ぼされていってしまう闇の配下とやらは先程の刺客共の事だろう。そして、ラルフ。お前がその救世主なのかもしれん」 

「俺が…?」 

いきなり救世主と言われてもピンとくるはずがない。だって俺一介の剣士だぞ?それが救世主?この俺が? 

「驚くのも無理はない、私も先程までこんな青年が、と疑っていた。…しかし、襲撃での正義感やその勇気を見て確信を得た。そこで頼みがあるのだ。ラルフよ、マリーを取り戻してくれ。そして世界を救ってはくれないか」 

己の実力も把握出来ていない身の程知らずが 

ふと俺の脳内に黒ずくめの男――ジンの言葉がよぎる。 

俺は正義感の勢いだけで突き進み、襲撃で負けた。そんなが世界を救う?そんな事出来るのだろうか。 

あーあ、神託がそう言ってるとはいえやっぱそうなるのかよ、こいつただの剣士じゃないですか。剣士より魔導師の方が優れているのはオーランド王だってご存知でしょう?? 

「それでもラルフこそが勇者だと予言が言っているのだ。運命に認められた者を裏切るなど、私達はするべきではない。…私は救世主が現れる日を待ちわびていたのだ」 

…俺は一介の剣士だ。レイヴァスのような王宮仕えの剣士ではない。 

「あ、あの!」 

その上ファンディアスやノルヴァスのように強い権力があるわけでもない。 

「…俺は、勇者だとか、そんなのよく分かりません。…けど」 

でも、それでも俺が力になれると言うのなら。 

「あんな状況を見て、見過ごすわけにはいかない。何か良くない事を企んでいる奴らがいるなら、俺は必ず止めてみせます。俺に国を、世界を救わせてください」 

俺にオーランド王、メイジス、エイン、ウェイルの視線が集まる。俺は真剣だった。 

「感謝するぞ、ラルフ。私がオーラニア王国を代表して礼を言わせてもらう。ウェイル、ラルフに魔術の加護を」 

「仰せのままに。…失礼、動かないで」 

「え?なん……っ!?」 

オーランド王の命令に一礼し、ウェイルは突然自分の額を俺の額にくっつけた。いや、急になんだ!?ち、近い…! 

俺が驚いている間に額が熱くなり、一瞬にしてその温かさが全身に広がる。熱が収まるとそっとウェイルは俺から離れた。 

「…貴方に治癒力の上昇魔法をかけさせてもらった。これで傷を負っても治癒力の早い肉体になったわ。思う存分戦うといい」 

ま、魔術すげぇな…!ありがとうございます、ウェイルさん!」 

「…別に。ノルヴァス代表として言わせてもらうわ。…せいぜい頑張って」 

ずっと無表情だったウェイルの口元が、少しだけ緩んだ気がした。 

「ウェイル、御苦労だった。ラルフ、この国の未来を、世界を頼んだぞ」 

「はい!では、行ってまいります」 

オーランド王、そして三権トップの方々にお辞儀をして俺は音の間を出た。 

 

 

*ラルフ ~オーラニア王国「オーラニア王宮」にて 

 

「待ってください、ラルフさん!」 

ふと背中ごしにかけられた声。振り返ると、音の間の扉から今しがた出てきたメイジスの姿があった。 

「メイジスさん!どうしたんですか?」 

「きっとこれから長い旅路になるはずです。王宮の外までお見送りをさせてください」 

メイジスは困ったような笑顔を俺に向ける。…ここだけの話、自力で音の間から王宮の門に辿り着ける自信が無かったからありがたい。 

「すごく助かります!わざわざありがとうございます」 

「とんでもないです。…任せてしまってすみません、ラルフさん。私もラルフさんと共に行けたらよかったのですが、王宮の復旧作業が残っている上恥ずかしながら戦う為の実力が無く…。エイン殿の暴言を気にしているわけではありませんが、こんな時戦力になれない事が悔やまれますね…」 

「いえ、そんな!元々定められていた事なら、俺がその役目を果たす事は義務ですから。任せてください」 

「…ラルフさん」 

俺はメイジスに何かを渡された。これは、革で出来た袋?その袋から感じる重みが気になり俺は何となく中身を覗き見る。 

…これって、もしや。 

「金貨…!?こ、こんなの受け取れませんよ!」 

遠慮はしないでください。何も力になれない私からのせめてもの激励です」 

「い、いいんでしょうか」 

「ええ。もちろんです。旅の足しにしてください」 

「あ、りがとうございます」 

メイジスの柔らかい笑みに背中を押され、俺は戸惑いつつも金貨を受け取った。 

「ところで、王宮を発った後はどこへ行くか目処はついているのですか?」 

「いえ、なのでまずはインティウムに住むこの辺りの人達に聞き込みをしようかなって。目撃情報があれば行き先もある程度決められるかと思って」 

「なるほど」とメイジスは少し考えるような素振りを見せる。そうこうしているうちに王宮の正門が見えてきた。 

正門に着くと、メイジスは腕を上げ右を指差した。 

「それも良案ですが、特に場所が決まっていないならオーラニア王国の北にある町…ヒュドラに行くといいかと。私の旧友がそこの教会で神父をしていましてね。昔から情報屋気質ではあったので、もしかしたら何か手掛かりを掴めるかもしれません」 

「ヒュドラの町…」 

聞いた事の無い町だ。記憶を失う前の俺は知っていたのだろうか? 

その方に会ったら私の名前を出してください。王都でこれだけの騒ぎがあったんです、彼なら大方察しがつくでしょうから 

「わかりました、まずはそこに行ってみます」 

俺は力強く頷き、メイジスに手を差し出す。 

メイジスはふっと微笑み、俺の手を握り返してくれた。 

「では、達者で」 

握手を終え、俺は北へと進む。 

目指すはヒュドラ。剣士ラルフの、長い長いレスティリアの旅路の始まりだ。