『その感情は甘いチョコレートのようで』
作者:時生時雨


 

かつての初恋相手を思い浮かべながら、

 

甘酸っぱい感情を胸にバレンタインコーナーを歩いて回る。

 

選ぶのに時間をかける必要はない。

 

どうせ渡せないのだから。

 

それでも店をただ歩き、人を掻き分け、その隙間からディスプレイのチョコレートを見ては、考えるのだ。

 

あの人の好みやデザインは何なのだろう、と。

 

お店を何週もして、何度も何度も。

 

そしてやっとの思いで選び抜いた渡す気の無いチョコレートを買い、家に帰る。

 

これは自分の為のチョコレートだと、言い聞かせながら。

 

あの人は今どうしているだろう?

 

元気にしているだろうか。

 

私の事はもう忘れてしまっているだろうか。

 

たまには私の事を思い出してくれているだろうか。

 

会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。

 

――そして、願わくば。

 

そう思いながら私は丁寧に、破れてしまわないよう優しく包装を解く。

 

部屋の中で、1人。

 

10年前に抱いた感情は、今でも決して色褪せる事は無い。

 

それはきっと、これからも。

 

可愛らしい包装を眺めながら味わうチョコレートは、少しだけビターな味がした。