今宵は月蝕。
塵が月光に照らされてちらちらと光る。
宵闇に蝕まれる星で男は独り、自身に刃を突き立てた。
「―――――――――」
嗚呼。己が識った感情の名は――。
オリジナルストーリー
-静謐パラフィリア-
序章 『邂逅』
作者:時生時雨
苔の生えた血色の土。
先住民だったであろう者達の腐乱死体。
腐敗した匂いの立ち込めるその地は正に「死んだ星」。
そして狂おしいほどの男の嗤い声が、その星に響き渡る。
「あーあ、最っ高だなァ……!!」
暗赤色に汚れたナイフを足元の死体に突き立ては、引き抜く。
男にとって目眩のするほどの腐敗した匂いはもはや愛おしく感じるほどに、この景色は愉快で仕方がないのだ。
男――ケイ=クロルは満足気に嗤っていた。
藤色の短髪を夜風に揺らし、金色の瞳に夜の闇を映し出した姿は、正に妖艶。
「さて…今日の所はここまでにしといてやるよ。素材も取れたことだし…研究所に戻るか。実験も進めねぇと――」
刹那。
ケイは自身の後方へとナイフを投げた。
振り向いたケイの瞳と切っ先が、ほぼ同時に何かを捉える。
「い……っ」
その何かは小さく呻き声をあげ、腕を抑え崩れ落ちる。
命中した。
瀕死…とまではいかないが、怪我を負わせる事は出来ただろう。
暗闇にうずくまるそれの正体は、幼い声質とドレスのようなものからして年端もいかぬ女のようだ。
「君…どうしてこんな所にいるんだ?真夜中に森の中へいては危ないだろう?」
薄笑いを浮かべて、ケイは女の元へ歩み寄る。
「お前、この星の住民じゃないよね。どうやってこの星に来た?この星は亜空間移動をしても辿り付けない秘境の星なんだけどなァ」
対する女は足がすくんでいるのか、そこを動こうとせず、ケイを見つめ続けている。
「――お前、何しに来た?」
ケイは女の肩と腰を掴み…その場に押し倒した。
女が逃げないようのしかかり身体を押さえつけると、懐からナイフを取り出し、女の首にあてがう。
「整った顔してるなァ。傷つけ甲斐がありそうだ」
女の髪をくしゃっと撫で、唇に軽く口付けを落とす。
「なあ。お前、どこから切られたい?顔か?それとも脚か?ああ、胸は駄目だ。すぐ死んじまうからな」
ギリギリとナイフを押さえつけ、それに比例するように女の首に血が滲んでいく。
「………」
「ハッ…だんまりかよ。まあいいか。別に恨みなんて無いけどな。君には死んでもらわなければいけない。さァ、おとなしく……。…!?」
女の"目"を見てケイは硬直した。
暗闇でも明るく輝く、碧色の澄んだ瞳。
この光をケイは知っている。今まで捜していたものであり、今回の研究対象である存在。
(…スティア)
当の彼女は変わらず抵抗しない。
それどころか殺気ともまた違う、それでも彼女は神気とも似つかわしい"見えない光"を纏っていた。
「どうしたの?」
自分の目を見つめ硬直したままのケイに、彼女はうっすらと笑みさえ浮かべて問う。
「私を、殺すのでしょう?」
これは、意味を為さない物語。
世界の輪から外れた者同士の、そんな空白の7日間。
喪失までーーー『6日』