第二章 「シーサイド・スーサイド・パーティ」

#12「奇襲」

*ラルフ ~アルドニア王国「レノン・宿屋『ワイングラス』」にて~

 

Wine Glass Ber』をあとにした俺達は、アイリスを連れてアルマドの取ってくれた部屋へと戻って来た。

しばらく息を潜めていて疲れていたのか、ニアはハクの肩の上で腹ぺこだと言わんばかりにリンドロメイルの実を素早くついばんでいる。晩飯だろうか。

「大丈夫かアイリス。災難だったね」

「むにゃ……もう食べられにゃい………」

「いや寝ぼけてんなよ」

アイリスの寝言に軽くツッコミを入れながら、俺はアルマドがとってくれたアイリス用の部屋のベッドへと横たわらせた。

「ひとまずアイリスには寝て休んでもらって。そうすれば明日には回復してるだろ」

「そうだね。……いやぁ、怒涛の1日だった」

アルマドやサーシャに俺達分の元気を吸われたような疲労感。ハクも感じていたのだろう、ハクの苦笑いに俺も苦笑いで返す。

「じゃ、僕達も自分の部屋に戻ろう。明日があるからね」

「それもそうだな。じゃ、これで解散……と、そうだ、忘れてた」

「ん?なに?」

「お前に聞きたい事があったんだよ。お前がアルドニアの門番に言われてた『アレ』は一体なんなんだ?」

「アレ?何か言ってたかい、僕」

「とぼけるなよ。門番の奴らがアポロンがどうとか言ってただろ」

その言葉を聞いた途端ハクは「あぁ」と頷く。少し肩をすくめるようにして、懐から入国時に見せていた物を取り出した。

「これのことかい?」

「そう!その弓と薔薇のやつ!」

ハクは眠っているアイリスをちらりと見た後、扉に向かいかけていた体を俺の方へと向け直した。

「そう面白いものでもないよ。アポロンの所属者であることを証明する勲章さ」

「そう、そのアポロンってやつが知りてぇんだ。それって何なんだ?」

「『アルドニア騎士団』——通称『アポロン』。アルドニア王宮に絶対の忠誠を誓っている守護部隊の呼称だね。オーラニアで言うレイヴァスのようなものだよ」

「へぇ、なるほど騎士団の……。……は?ってことはお前まさか…」

俺の察したような顔にハクはニコニコとした視線を向ける。

「その顔……やっぱり!お前アルドニア王宮の関係者なのか!?」

「なわけないだろ」

「はっ?」

俺の予想は見事に外れた。ち、ちげーのかよ。

「まあ、正確に言えば『今は違う』かな。かつてとある仕事をこなすにあたって、王宮に近づくのが手っ取り早い出来事があってね。騎士団に一時的に入団して、任務満了とともに裏切った。この勲章はその名残りさ」

「なんだそれ……ってことはお前、追われ者ってこと?」

「はは、まぁそうなるね。って言っても王が変わる前の話だ、今の王政じゃ時効だよきっと。……勲章は念には念を込めて持ち歩いてるけどね、何かと便利だからさ」

ニコニコしたままハクは言う。

わ、笑ってるけどそんな軽い話か?

「ま、まあそういうことなら勲章見た時の門番の反応は納得…だな?」

「そうでしょう?さ、この話はおしまい!モヤモヤは晴れたかい?おやすみラルフ、いい夢を」

「あ、あぁ。おやすみ」

ハクに若干の苦笑いを浮かべながらも、俺は自分の部屋へと向かった。

 

*サーシャ 〜アルドニア王国「レノン・『Bar wineglass』」にて〜

 

面白い子たちが部屋に帰っていったのを尻目に、アタシとアルマドはその後もしばらく晩酌を続けていた。

時刻は深夜と呼べるべき時間。

時刻を気にするのも忘れ、アタシとアルマドは再び酒をオーダーする。

「アルってばほんとザルだよねー。アタシについて来れるの最高!次のけっこう強い奴だろ?」

「ははっ!そういうサーシャ殿だってまだまだイケる口じゃありませぬか!」

「飲んでるこの時間が最高なんだよー。商売は?最近は順調?」

「順調順調!絶好調と言ってもいいかもしれませぬな。このアルマド、多い日にゃノルマの2倍は売り捌いておりますぞ」

「へー?いいね、順調だ。アンタの誘い文句も大概だけどさ、変な客や商談相手には当たんないようにしなよー?この世の中物騒だし。ほら、一回あったろ?王族から持ちかけられた『幸せの青い鳥』の高額取引……だっけ?アレ、ちゃんと断ったんだっけ」

「あぁ……ありましたな、そんな取引も」

「それを献上さえすればその体内の温もりは価値に含めない。生死問わず同額の金額で買い取る……なんて、気味が悪い話だよねー。生き物の死体を欲しがるなんてさ」

アタシは見定めるように、半分茶化すようにアルマドを見やる。

「あ!予想をしてやろう。商売に関しては執念深いもんね、君は。正直、手に入るなら"ヤる"だろ!?」

「なっ!酒が不味くなる話をするもんじゃありませぬぞ、サーシャ殿!青い鳥を殺すなんて可哀想で出来ないでありますよぅっ!"断った"が正解であります!」

「えー。なんだつまんないな。このアタシがアルの解釈違いを起こすとは……!」

アタシは大袈裟に頭を抱える。

アルマドは眉間にシワを寄せ、なんとも言えない表情をしてみせる。

「もー。このアルマドをなんだと思ってるでありますか……」

「あはは、ごめんごめん。商談頑張ってて偉い!が言いたかっただけさ。……さ、そろそろアルもへばってくる頃じゃない?」

「なーに言ってるのでありますかサーシャ殿!このアルマドだってまだまだっ……」

ふいに、アルマドの言葉が途切れる。予期せぬ間に首を傾げ、アタシはアルマドの方を見やる。

「この…アル…は……まだまだ行け……」

突然カクンとアルマドの首がうなだれる。

「………?アル?」

返事はない。

「どーしたんだいアル?酔いが回るにしては早くないかい?」

ふいにガタッと立ち上がり、ふらふらとアルマドが出口へと歩いていく。

「ちょ、ちょっとアル?もう部屋戻るの?アルってばー!」

アタシの呼びかけも虚しく、アルマドはそのままバーを出て行ってしまった。

"チリン"というバーの扉が閉まる鈴の音だけが響く。

「なんだよー、急にノリ悪いな……」

アタシはつまみを口に放り込みながらアルマドの飲んでいたグラスをじっと眺め考える。

「んー…」

やがて立ち上がり、2回目の鈴の音を店内へと響かせた。

 

*ラルフ ~アルドニア王国「レノン・宿屋『ワイングラス』」にて~

 

町の人々も寝静まった夜。俺は自分の部屋に入るや否や壁に剣を立てかけ、ジャケットを脱いで伸びをする。

「あ~~なんかどっと疲れた気分

アイリスには明日までにどうにか酒を抜いてもらうとして、俺も出発に向けてゆっくり身体を休めておかないとな。

備えつけのシャワールームで身体を洗い流し、簡単なストレッチをすませ十分身体が温まったところでベッドへと向かった。

身体を横たえて間もな瞼が重くなってきた。俺はそれに抗うことなく眠気に従う――

 

**************

 

深夜。

俺はぐっすり寝ついていた。

 

………

 

……

 

寝返りをひとつうつ。

 

……

 

何だか妙に寝苦しい。

 

……

 

今、物音…。木のせいか?

 

…………………

 

もうひとつ寝返りをうつ。

 

……

 

僅かに服の擦れる音。

 

……まて

 

誰かいる。

 

………んん。誰かいんの

微睡みの中で目を開けた。軋むベッド。俺の上に落ちる人影。

誰かが俺を見下ろしている。

そう認識した刹那――ギラリと光るモノが頭上に振り上げられる!

………っあ!?」

悲鳴をあげる暇もなく、おれは咄嗟に身を翻しベッドから転げ落ちた。

「いっ!」

身体を床に打ち付けたことでわずかな痛みが節々をかけめぐる。

 

しかしそんな痛みの余韻を感じる暇もなく、俺は慌てて立ち上がりその人影に向き直り――その人影の正体に驚愕した。

 

 

「なっ……アルマドさん!?」

その相手は、紛れもなく先程までともにいたアルマドだった。アルマドはカクンと首を垂れたまま無言で立ち尽くしている。その右手には昼間も持っていたオブジェつきの剣……その剣の刃が、俺が今まで身体を預けていたベッドの中心を貫いていた。

俺の動揺した声に反応するように、アルマドの首がゆっくりと俺の方を向く。夜に呑まれたような、光のない目。その「目」が俺を捉えると、ゆらりとベッドから剣が引き抜かれる。

俺は自分の剣で対抗しようと腰に伸ばした手が空を切る。クソ、そうだ今剣ねぇんだった

「お、おいアルマドさん!どういうつもりなのかわかんねぇけど一回止まれって!」

声を張り上げるも、無視してアルマドが再び剣を振り下ろすのを俺は間一髪避ける。

「っ今だ!!」

俺は近くに落ちていた枕を力の限りアルマドに投げつけた。アルマドがよろめいた隙をつき、俺は窓から外へと飛び出し、勢いのまま走り出す。

アルマドは俺を殺そうとしている。今は逃げねぇと!!

 

 

俺は街の静寂の中足音を響かせながら、道の続くままにがむしゃらに走った。