第二章「シーサイド・スーサイド・パーティ」

#11「商人アルマドと傭兵サーシャ」

*ラルフ ~アルドニア王国「レノン」にて~

 

レノンの街は海に近い事もあってか、潮風の匂いが街の建物を縫って吹き抜ける。心地よい潮風を感じながら俺とアイリスはハクの言う通り、まずはレノンの街並みを眺めながら散策をしていた。

「すごい!色んなお店が並んでる!」

「レノンは貿易が盛んな分、商人たちの商売もより多く行われているんだ」

「すげぇな。果実の店だけでもこんなに種類があんのか」

俺達は敷物の上に色とりどりの果実が立ち並ぶ店の前で足を止める。「らっしゃい!良いの揃ってるよ!」という威勢の良い商人に会釈をしながら、俺達は見慣れない果実に目を奪われていた。

「静かにね、ニア」

ニアは草籠を離れ、ハクの首元のスカーフに身体をうずめている。先程まで歌うように鳴いていたはずのニアが今はじっと息を潜めているあたり、ハクと同じようにニアもハクの言葉を理解しているのだろう。

「見てみて!美味しそうなリンドロメイル!っと、この長いのなぁに?長くて太くて黄色い

「ネヴァニアからの輸入品だね。リンドロメイルはあそこじゃ有名な果実なんだって聞いた事があるよ。……こっちの黄色いのはロナナ。アルドニアの代表する果実で、皮をむいてその中の柔らかい実を食べるんだ。煮詰めてパンに乗せても美味しく食べられる。皮が丈夫で日持ちも良いから旅のお共にはおすすめだよ」

「美味そうだな。オーラニアでは見た事ない果物だ」

「国王様が輸入品をあまり好んでいないらしいね。アルドニアとオーラニア、外交は盛んなはずなんだけど。そもそもロナナ自体栽培も少し難しいらしいから、あまり他国には浸透していないんじゃないかな」

「へぇ?なるほどな。それならロナナとリンドロメイルあといくつか日持ちしそうな物は買っておくか」

俺は銀貨を商人に渡し、いくつかの果実と交換してもらった。

「あ!見て、こっちは防具屋さん?」

「すげーな。こういうのも売ってるのか」

「そこの旅のお方!」

ふと足を止めた防具屋の前で、その場にいた男に引き留められる。他の商人に比べて派手な装飾、派手な服装。高価な宝石を身につけているその男は、かなりやり手な商売人である雰囲気を醸し出している。

「俺らの事か?」

「そそ!そこの愉快な御一行様。ちょっと寄ってかない?昨日ちょうど良いヤツが入ったんだよ」

大柄でがっしりとした見た目の男性。じゃらじゃらと首から装飾を下げ、首にはスカーフ、頭にはヘアバンドに緑色のチョッキ。民族衣装のような服装の奇抜さからして、彼も商人であることは間違いないだろう。

「なになに?ここはなんのお店なの?」

「お?興味を持ってくれたかいお嬢ちゃん!ここはなんでも揃ってるよぉ?店のジャンルにハメられる程、このアルマド商店は小さな存在ではありませぬ。掘り出し物の数々!奇怪な物から王宮の者でさえ喉から手が出る程欲しくなるような高級品まで!ささっ寄って寄って!」

「へぇ?どんなのあるんだ?」

「ふっふっふ。このアルマド商店に後悔するような品物などあるはずがありますまい!まずはこれをご覧あれ!名付けてッ『伝説の剣』!!」

商人は盛大に両手をパチン!!と広げ、品物のうちの1つを手に取り俺達の前に差し出す。

差し出されたものは、ひし形の形をした奇妙な刃。柄には形容しがたい生物の彫刻のようなものがあしらわれた、剣のような、オブジェのような。

……えーっと、これって?」

「こりゃ『伝説の剣』!!見ただけで相手を圧倒させる代物ってもんよ!」

「じ、じゃあこれはなぁに?」

「お、お目が高いねお嬢ちゃん!これは『願いの壺』!水を入れるとアラ不思議、飲めば願いが叶う魔法の水へと早変わり!今ならお買い得、たったの300ゴールド!」

『願いの壺』と謳われた壺は、ヒビの入った年季の入った代物。使い古されたような汚れもありつつ、奇妙な模様が描かれている。

……呪いのオブジェにぼったくりの壺の間違いじゃねぇの?」

「失敬な!このダ=アルマド、嘘はつきませんぞ!」

“良いヤツ“…と言う割に、変なモノや胡散臭いモノが多すぎないか。何ならそういった類しかなくないか。

「これは……なんというか。ガラクタと言うにはいささか首の締まる、かと言って個性的だと形容詞をつけるには果たしてそれで済ませていいものか……。なかなか手に取る人の感性が試される代物の数々だね」

さすがのハクも反応に困り、頭を抱えているようだ。

「と、それよりお客さん。随分両手が塞がっているように見受けられる。ならばそんなお客さんには……デデン!この『盗賊の鞄』はいかがかな!?」

「と、盗賊の鞄?」

アルマドは先ほど購入した果実で両手がいっぱいになっている俺らに、1つの鞄を差し出す。背負うタイプの鞄に、数多くあしらわれた収納ポケット。外観に反して、中身は大容量入りそうな大きさ。傷やほつれがあるものの、使い勝手は十分であるということは誰が見ても分かるだろう。

「これはなぁ、昔レスティリア地方中を騒がせた『ニール』と名乗る盗賊が使用していた背負い鞄なんだ。狙った獲物は逃がさない!って噂の通り、そいつが狙った宝物は1つ残らずそいつの手中に収まってたわけだ。これはそいつが愛用していた鞄ってわけ」

「つまり、そのニールが盗んだ物をこの鞄に入れて活動していたってことか?なんかそれを使うってどうなんだ、足がついたりとか

「なんだお客さん、自分が『ニール』だと疑われるのが怖いのかぁ?」

アルマドは「ご安心を!」と1つ手を叩く。

「『ニール』はとっくの昔に亡くなってる。つーか自警団の目の前で自害したってわけ。くーっかっこいいよなぁ!だから今更お客さんが鞄を使ったところで、お客さんがあやしまれたり……なーんてデメリットなどありませぬ!」

「そ、そういうものなのか?」

「ねぇねぇ、それなら貰っても問題ないんじゃない?」

アイリスが俺の肩をぽんっと叩く。

「というか考えてみてよ。有名な盗賊さんが使ってた鞄……なんてすごいよ!使わなきゃ損じゃない!?」

「お、お前なぁ……

「な!そう思うよな!さすがお嬢ちゃん、お嬢ちゃんとは気が合いそうだ」

アルマドがうんうんと頷いている。まぁ、たしかに鞄1つあるだけで助かることはたしかだが。

……よし!アルマドさん、それ買いだ!」

「まいどありっ!へへ、お客さんに買われて鞄も『ニール』さんも喜んでると思いますぞ」

アルマドは俺の差し出した金貨を受け取り、鞄に果実を入れられるように鞄を広げてくれた。俺らは買った果実を入れて両手を自由にしたのち、俺が鞄を背負う。

「それにしてもさすが貿易商、知識や噂に長けているんだね」

「ふふ、それほどでもありますまい!この噂話を娯楽としてこのアルマド商店をごひいきにしてくれているお客さんもいるものですからな」

「そうなんだね。なら、僕達からもひとつ良いですか?」

「む?いいですぞ。何でも聞きたまーえ!」

……ラルフ。アレを聞いてみたらどうかな」

ハクが俺に耳打ちする。その言葉に俺はハッとした。そうだ、こいつにも聞いてみてもいいかもしれない。

「な、ならアルマドさん!ハーランドの失踪事件について何か知ってるか?」

……失踪事件?なんだぁそれ?」

俺はバトラーから聞いた内容についてアルマドにも話す。王都ハーランドで奇妙な事件が多発している事。住民――子どもを中心に次々と失踪している事。などなど。

「……ん~、悪いがなぁ。ハーランドに限らず各地には仕事上よく行くが、そういった話や事件に出くわしたことはないね」

「だよなぁ」

「あらら……アルマドさんでさえ知らないときたか」

「う~ん。なかなか噂通りの情報は聞けないね。事件性があるならもっといろんな人が知っていてもおかしくない気もするけど……

「そこが変な話なんだよなぁ。そこまでまだ被害が広がってはいないのか?」

「そもそもその事件自体がデマだった可能性も捨てきれないな……。噂は人づてに大きくなるものだから。まぁ、信ぴょう性が無いから結局のところ王都ハーランドで聞き込みをした方がより確実な情報は得られるだろう」

「う~ん……なるべく早く情報収集が出来た方がいいと思っていたが……これだけ情報が入らないのならそうした方がいいかもなぁ」

「それがよさそうだ。……とりあえず今夜寝泊りする場所を探さないか。日が傾き始める前にね」

ハクが空を指差す。つられて見上げると、日はちょうど真上にのぼっている。建物に日が沈んでしまう前に、寝床の確保はたしかにしておいた方がいいかもしれない。

「それなら俺の宿泊しているとこに来ないか?」

俺達の会話を聞いていたアルマドがふと声をあげた。

「アルマドさんのいるところ?」

「そ!俺の今いるところさぁ、俺常連なのよ。よく世話になってるところでな?これが美味い酒も飲める酒場を兼ねた良い宿屋なんだわ。もちろんノンアルコールの飲み物やソフトドリンクもしっかり用意している店主の周到さ!これぞ老若男女問わずお越しくださいって言っているようなもんよ!」

「へぇ。そんなところがあるのか。知らなかったな」

「だろ?そこはそれなりに知識がある俺の友もな、よく通っている場所なのよ。運が良けりゃ、その友からその噂に関する情報がもらえるかもしれないぞ?」

アルマドがガッと親指を立てて誘い文句をつらつらと述べる。

「これは良い話じゃないか?乗って僕達皆損はないだろう」

「いいのか?俺ら初対面なのにこんなに良くしてもらっちまって」

「ふっふっふ。良い商売には良い友人。商品買ってくれたお客さんは皆、このアルマドの友人であるほかない!それでこのアルマドをごひいきにしてくれた時にゃ、また店のモン見に来てくれりゃ構いませぬ。モノはめぐりあわせだし?店のラインナップも日替わりで変わるし?また気になるモンがありゃ、また店に来てくれれば良い」

「良い人なんだねぇ、アルマドさん。……そうとなればラルフ、行ってみようよ!」

「決まりだな!とりあえず、店じまいにはまだ時間がある。日が落ちた頃にまたこのあたりに来てくれよ」

「わかった。よろしくな、アルマドさん」

俺の言葉に、アルマドは「いいってことよ」と親指を立てにっと笑う。

商売の邪魔をしないよう、俺達は一旦その場を離れた。

「……お?へいらっしゃいお客さん!お前さんも旅のお方かな?良いの揃ってるよぉ!」

新たな客の対応を始めた元気なアルマドの声を背中に聞きながら。

 

*ラルフ ~アルドニア王国「レノン・宿屋『ワイングラス』」にて~

 

黄昏がレノンの街全体を染める頃。俺達は再び店が立ち並んでいた広場へと戻って来た。

「この時間になるとどのお店も店じまいで忙しそうだね」

ハクが店の片づけをしている商人たちを眺め言葉を零す。

「アルマドさんがいた店はこのあたりだったよな」

……あ!あの人じゃない?お~いアルマドさ~ん!」

……ん?おぉ!来たかお嬢ちゃんたち!」

アイリスがみつけた先には、俺達が捜し求めていた相手――アルマドが敷物をくるくると纏めていたところだった。

「お仕事お疲れ様です。商売は順調でしたか」

「絶好調よ!今日も働いた働いた……ってね」

丸めた敷物を鞄に突っ込み、アルマドは肩を大きく回す。「んん……」と疲労のこもった声を漏らしながら、アルマドは大きく伸びをした。

「疲れてるのか?」

「ん-なんか体が重いんだよ、そんなにいつもより身体を動かした場面は無かったように思うのになぁ

「きっと張り切りすぎたんだよ。アルマドさんも早く宿屋に行こ!ね?」

こっちは案内してもらう側だぞ、アイリス。

「ん。それもそうだな!疲れた身体には美味い酒!早速行っちまうか、ついてこい!」

荷物を背負い、アルマドは元気に進んでいく。俺達はアルマドの案内のもと、暗くなりつつある街中を進んでいった。

街灯や店看板は空の暗がりを灯すように、道標のようにレノンの街を照らす。やがて道の途中にある1つの店の前でアルマドは足を止めた。俺達も反応するように歩みを止め、看板を反射的に見上げる。

「ここが宿屋『ワイングラス』だ。洒落たところだろ~?」

「へぇ、ここが……

そこは煌びやかなオレンジ色の光が看板を照らし、その灯りと同じ光が入口の扉を照らしている。

佇まいからして温かなその雰囲気の中へと、俺達は進んでいった。

「こっちの階段を下ると地下が酒場になっててっと。お、今日も飲んでるな」

階段へ続く道には、大きな矢印とともに『Wine Glass Ber』という表記。矢印の導きに沿って階段を降りると、目の前には重々しい茶色の扉が1つ。アルマドが手をかけると、扉の向こうから陽気な音楽が溢れ出し、一気に俺達4人を包み込む。

その陽気な音楽を浴びながら、アルマドは目当ての人物を見つけたようで、嬉々とした様子で店の中を突き進んでいく。

相手の人物もアルマドの姿に気づいたようで、「お、」と声を漏らしてこちらに大きく手を振ってきた。

「アル~!おつかれ!元気!?」

オレンジ色の髪を団子状に1つに括った女性。金色の鎧を身に纏い、それを重々しく感じさせない軽々とした動きでこちらに手を振っている。その片手には酒の満たされた大きなジョッキ。懐に装備された4本の短剣が、彼女の動きに合わせてぶつかり合い、ガチャガチャと音を立てている。

「今日も良い飲みっぷりだなぁサーシャっ!」

「どーしたの、今日遅かったね?……というかなになに!?なんか新しいメンツいるんだけど!アルってばいつのまにパーティ組んだの?言ってよ~!」

「ははは、このアルマドなどに彼らは不釣り合いでありますよ!彼らは我がアルマド商店のお客さんにして我が友人!ま、大切であることには変わりませぬがなぁ!」

カラカラと笑いながらアルマドは俺達の方を見やる。

「彼らは旅のお方だ!レノンに来たばかりで泊まり場所に困ったというからね。名前は……あぁそうだ、そういやお前さんたちの名前を聞いてなかったな」

「ラルフだ。こっちの魔導師はアイリスで、こっちの弓使いはハクだ」

「あぁ、ラルフにアイリスにハクね!よろしく」

「よろしくな。で、お前がアルマドの

自分の番が来たか!とでも言うように、得意気に目の前の女性はにっこりとこちらに手を振る。

「初めましてだね!ご紹介に預かった友人というのはアタシの事!サーシャ=クラリスって言うんだ。よろしく、ボーイ」

「サーシャさんって言うのか。よろしくな」

「サーシャと呼んでおくれよ!かたっ苦しいのは嫌いなんだ。……マスター!彼らに美味いおすすめ出してやって!あ、アルにはいつものね?」

ぺこりと小さくお辞儀をしてバーのマスターは何か丸い果実を剥きだし、それをシェイカーに投入し始める。割った氷をグラスに入れてくるくるとかき混ぜると、グラスを冷やしながらゆっくりと氷は沈んでいく。まるでドリンクが注がれるのを待つように、あっという間に4人分のグラスが並んだ。果実のドリンクだろうか?

「じゃ、俺ちゃちゃっとチェックイン済ませてくるからね。ラルフ殿の部屋もこのアルマドが取りにまいりましょう」

「いいのか?」

「これも何かの縁。こういう時は甘えて使えるツテはつかっとくべきですぞ、ラルフ殿」

「じゃ、ちょっくら行ってくるな~」という声をサーシャはニコニコして見送る。俺も戸惑い気味にアルマドの背中に小さくお辞儀をした。

「ま、ずっと立ってたら疲れるし座りなって。ここのドリンクは本当に美味いんだから飲んだらきっとハマるよ」

「それもそうだね。ラルフ、アイリス。こっち」

「あ、あぁ。そうだな」

俺達は促されるままにサーシャの付近の椅子に適当に腰掛ける。

えーとっ!サーシャ?っていうんだよね。サーシャは鎧を着ているけど……兵士様?だったりするの?」

アイリスがふいにサーシャに声を掛けた。

「ん?なになに、兵士に見える?」

「そりゃそっか!」とサーシャは笑い飛ばし、アイリスに手を振る。

「アタシはねぇ、『傭兵』なんだ」

「ようへい?」

「そ!お金貰って指令受けて、任務全うするか契約破棄されるまではそいつに仕える。任務が終われば自由の身。次にお金が積まれれば、また別の主人に仕える。ある時はある時は国の兵士、ある時は盗賊のボディーガード……その時によって違うけどまぁ、大きなくくりで言えばアイリスの言う通り『兵士』かな」

「つまり、傭兵さんは自分の守りたい人を守るのが仕事なんだね」

「ま、そういうこと!傭兵ほどアタシに合っている仕事はないと思うね。王宮に仕えているというわけでもなければ誰かのお遣い兵士でもない!その時々によって主人も善悪も変わる。アタシは自由に愛された女ってわけ!」

サーシャはぐび、と手に持った酒を一口あおる。

「で、アンタ達アルの商店に行ったんだろ?奇妙なモノばっかりで戸惑わなかった?」

「あ、あぁ。なんというか、まぁ、変なモンばっかだったな」

「だろ?でもアルは商売上手だからね。あんなガラクタでもたまーにすごい価値のあるモノが並んでたりするのさ。色んなツテを使って色んな情報、商品、偉い人との人間関係……。実力は確かだから、きっと交渉して良い部屋取ってくれるだろう……って。言ってるうちに戻って来たね」

「お。お取込み中でしたかな」

「んーん。アルがすごいって話をしていただけさ。良い部屋取れた?」

「おおっこのアルマドの話を!それはいささか照れますなぁ。っと、部屋はばっちり取れましたぞ!1人ひとつの広~い部屋だ!これですっきり朝まで身体を休められますな」

「すげ!ありがとう、アルマドさん!」

「ははっ礼には及びませぬ。……さ、夜が更けるにはまだ早い。せっかくの御縁と来た、今夜は皆で飲み明かそうぞ!」

……お待たせいたしました。」

俺達の会話の区切りを見計らったようにマスターが飲み物を俺達のもとに差し出す。

「お、御苦労!いやぁ、やはり商売上がりにはこれがなくてはな」

マスターの近くにいたアルマドが受け取り、せかせかと俺達に飲み物を振り分けてくれる。

「エグナロのジュースとはいいね。美味しそうだ」

ハクがジュースの甘酸っぱい香りを楽しむようにグラスに口を近づける。先程マスターが剥いていた赤く柔らかい皮で覆われた果実。それが『エグナロ』というのだろう。

「わぁ!美味しそう」

アイリスのも俺のもハクと同じ赤い飲み物だ。きっとエグナロジュースなのだろう……などと考えながら、真っ赤なドリンクを不思議そうに眺めるアイリスを横目に見た。

「さ、皆グラスを持ってお手を拝借。アタシ達の縁に、素晴らしい旅路に乾杯だ!」

サーシャの合図でその場にいる全員がグラスを掲げる。グラスとグラスをぶつけると、カランと涼し気で軽快な透明の音がバーの中に響いた。

 

****************

 

「こう見えてアルマドは若くして5つの島国との商談を成立させた凄腕の持ち主なんだ。相当言葉巧みに商談を持ち込むのが上手いんだろうよ」

「へへ。それほどでも~?あるってもんよ!」

最初の乾杯からそこまで時間は経っていない。経っていないはずなのだが、目の前のアルマドとサーシャは俺達の数倍の回転率で酒を飲みほしてはおかわりを繰り返している。

そう、完全に酔いが回り始めているのが見て分かる。

「5つの……それはすごいな、なんか意外だ」

俺の言葉にうんうんと頷いて、サーシャとアルマドはグラスの酒を一気に飲み干す。「もう一杯!同じの頼むよ」とほぼ同時に店員に声をかけながら。

 

「なんつーか……すごい飲みっぷりだな、アルマドさんもサーシャも」

「ラルフ殿もアイリス殿もハク殿もシラフはいけませんぞ~?ほら、もっとぐいっと!一気に!今日は鞄が売れた分金が浮いてる。このアルマド奢りますから。ねっ?」

「やだアル!鞄はラルフが買ったんだろ?その売上金使うんじゃ結局奢ってないって!」

ジュースじゃ常にシラフだろ。

「はぁ~~。で?君達は何を醍醐味として旅をしているのかな」

「はっ?」

突拍子もない質問に俺は気の抜けた声を出した。

「ほら、酒のつまみに聞かせておくれよ。なんかあるだろう?旅の醍醐味ってのがさ」

サーシャは俺の肩にぐるりと腕をまわしてくる。サーシャから漂う酒の強い匂いにくらりとしつつ、慌てて俺達は答えを探す。

「そ、そうだな……。醍醐味っつーか俺の一番の目的は……国の王女を攫ったグリフォレイドを追う事か?」

「わ、私はミカエル探し。ミカエルを見つけること!ハクは?」

「僕は……

「ストップ」

サーシャは次に開こうとしたハクの口を人差し指で封じた。「むぐ、」とハクの言葉はいとも簡単に封じられる。

「違う違う!目的じゃなくて醍醐味だよ、醍醐味。何を楽しみにして旅をしているのって話さ。あるだろう、自分にとっての『お楽しみ』がさ」

サーシャはウインクして俺を見る。その様子を見て俺は反射的に顔をしかめた。

……楽しむ?旅を?」

「そ!そりゃ旅や冒険の目的は人攫いやら戦いやら犯罪に首を突っ込むやら修羅なものが殆どだろうけどさ。そこに重きを置いたら『つまらない』だろう?別に旅の理由に光があろうと闇があろうと、楽しみや希望を感じちゃいけない理由なんてない。せっかく旅するなら楽しみを見い出していけってことさ。そこの緑色の君は旅人かな?君ならアタシの言いたい事が分かるだろう?」

酒の匂いを帯びたサーシャにバシバシ背中を叩かれ、若干不服そうにしているハクが「まぁ」と口を開く。

「突拍子もない質問なのは置いといて……まあ、そうだね。旅は長いしいつ終わるかなんて考える暇は無いし、楽なものでもない。だからこそ、楽しみを見い出していった方が自分のメンタルケアにもなるし、長続きもする」

「そーいうこと。と、いうわけで。君達の『楽しみ』は何だい?金?スリル?それともまだ見ぬ新しいものとの邂逅?」

サーシャはわくわくした顔で俺達の顔を見てくる。ガタン!と立ち上がり最初に口をひらいたのはアイリスだった

「う~~ん。考えた事なかったけど。私は今ラルフ達と会えてるのが楽しいよ?ひとりで旅してた時よりもず~~っと!」

言うや否や、サーシャの真似をするようにグラスをかかげ、勢いよくぐびぐびと飲み物を飲み干した。「ぷは」とやりきったような顔でアイリスは席につく。

「僕は季節やその地の気候で移り変わる自然の景色、その地で出会う新たな人々にはいつも心躍らされるな。君達との旅も同じだ。だから『興味』に従って君達と旅路をともにすることを持ちかけたのだからね。君達との旅でこれからどんなめぐりあわせがあるのか、ドキドキしているよ。ラルフは?」

「俺は

ふたりの話を聞いて「おぉ……」となりながらも一呼吸おいて、俺も顔をあげて話す。

「俺も、……旅に出たからには、この先の出会いには期待してるよ。旅とか冒険とかしたことねぇしそりゃ、不安もあるし色々焦りもあるけど」

「そうそう!そーいうやつだ!」

満足気にサーシャは親指を上に立てる。

「どんな心構えでいようと『楽しい』思いを持っちゃいけない理由にはならないからね。せっかくなら『楽しく』旅をしてもらいたい!アタシが伝えたいことを理解ってくれて嬉しいよ」

カラカラと笑いながら追加で届いた酒を、サーシャはすぐに口へ運ぶ。それにつられるように俺も手元のエグナロジュースを一口飲んだ。エグナロの酸味と甘さが口の中全体を満たす。神託に従ってラルフに王女の奪還を求める。王様からの突然の命令は俺にとっては重圧のようにもなっていた。やらなければならない””記憶がない不安など、感じている暇は無い。そんなことばかり無意識に渦巻いていた俺の中に、サーシャのその言葉はストンと落ち、そんな不安を打ち消すように明るく照らす。

俺はサーシャのその考え方に少しだけ感心した。

「ならさ!サーシャさんの旅の醍醐味ってなんなんだ?」

……お。良い顔になった」

よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにサーシャはグラスをトン、と置く。

「七つ。世界のありとあらゆる娯楽を形成する欲を満たすこと。それがアタシの旅の醍醐味さ」

「七つ?」

「そう!好きなだけ『生きたい』し好きなだけ『眠りたい』、美味いもんたらふく『食べたい』面白い奴と『出会いたい』、面倒くさい事避けて『ラクしたい』、『歌って踊りたい』『認められたい』!人間の欲ってそういうものだろう?」

「サーシャさんはレスティリア地方の全部を楽しむつもりなの?」

「レスティリア地方に留まるなんて勿体ないね。大陸の向こうや島国、別の地方の娯楽全てを打破するつもりだよ。これぞ世界制覇!人生一度きり、楽しんだもん勝ちってね」

サーシャは指と指で”Vサインを作り、大きくはにかんで見せた。

アルマドはそれを聞き、満足気に「うんうん」と頷いている。

「それでこそこのアルマドの友サーシャ!なかなかイカした奴だなぁお前さんは!」

「ふふ。あんたもねアル!そのより良い商売への模索や友人の選別スキルはなかなかイカしてるよ!」

アルマドとサーシャは肩を組み、互いに酒をあおっては笑い合っている。

「サーシャのその伸び伸びとした生き方には憧れるね。酒癖はちょっと真似できないけどさ」

苦々しく笑うハクも、心なしか表情が明るくなった。ような気がする。

「楽しく、か!お前に出来るのか?ハク?」

「失礼だな。僕にだって楽しむ感情はあるよ。ラルフはまぁ……余裕だろうね」

「おいコラ、楽観的って言いたいのか?つっても俺らの中じゃアイリスが一番そういうの得意そうな…………アイリス?」

ふと横を見やると、先程の元気はどこへやら、席に突っ伏しているアイリスがそこにいた。

「は!?おいアイリス、どうしたんだよ!」

俺が肩を揺さぶると、ぴくりと肩が反応し俺にゆっくりと顔を向ける。

ニコニコとご機嫌に笑みを浮かべるその顔は赤く、高揚していた。

「……なぁに~?」

サーシャやアルマドと似たような表情。こ、こいつまさか。

「こいつ酔ってやがる!」

俺は慌ててアイリスを助け起こす。アイリスはぽわんとした顔色のまま、何が起きたか分からないまま二へ二へと笑っている。

「や、なんでだよ……アイリスのってジュースだろ!?」

………………へへ」

嫌なタイミングでアルマドが声をもらす。

……いやぁこのアルマド、アイリス殿に渡すドリンクとこのアルマドが頼んだ酒、同時に受け取ったばかりに……このアルマドが頼んだ酒をアイリス殿に渡しちまったの……かも?」

はぁ!?じゃあこいつ酒飲んじまったってことかよ!?」

「いやぁ、口付けた瞬間に気付きまして。言わなきゃバレないと思ってたんでありますがぁ……へへ」

「あははっアルってばドジだなぁ~!大丈夫大丈夫!酒はいずれ抜けるモノだから!」

「えへへ、じゅーすおいひいねぇ、えへへ……

あ、アルマドの野郎。

つーかアイリス……完全に出来上がっちまってる……

「さっき急に飲み干したから一気に酔いがまわったんだろうね。悪いけどこれで失礼するよ。楽しい時間をありがとうね。君達はまだ飲んでいくの?」

「あぁ、俺達のことは気にすんな!適当な時間で部屋に戻るから!」

「ま、またどうせここで酔いつぶれて朝になりそうだけどねっ!」

 

 

と言いつつ酒をあおり続ける二人に呆れつつ、俺はアイリスを背負ったままその場をあとにした。