第二章「シーサイド・スーサイド・パーティ」

#09「弓使いハク」

* ???~???「???」にて~

 

―――ご報告いたします」

俺達には背を向けて、姿勢正しく、向くべき者の方を向いて。

錬金術師は跪いて必要な事だけを唇に乗せる。

帰路についた錬金術師の報告が、淡々と、静かな空間に響く。

俺は――否、俺達”3はそれを遠目から眺めて聞いていた。

俺は報告を聞きながら、ちらりと錬金術師の報告対象へと視線を向ける。

空間にそびえる階段。

階段の頂上には、何かが座っている訳でもなければ何も存在していない玉座が一つ。

何も見えない。何も見えないが、その玉座からはどす黒く見えない何かが渦巻いている。

何も存在しない。それでもその玉座の上には、たしかに、そいつが存在するのだ。

―――以上で報告を終わります。」

錬金術師が口を結ぶのと同時に、俺も視線をその玉座から外す。唯一響いていた錬金術師の声が途絶え、――瞬間。突如その玉座の上が黒く歪み、影のような形を帯びそして、消え去る。

あたりは何事も無かったかのように、再び静寂が訪れた。

報告御苦労」

俺は小さくそう呟いた。

俺の言葉に反応し、ゆっくりと錬金術師は立ち上がる。

「お疲れ~リーシャ

静寂を破ったのは、その空気を物ともせずして茶化しを入れた男。

道化師がニヤニヤとしながら、錬金術師の方につかつか歩み寄っていく。

錬金術師は道化師の方へと振り向いた。

「で?つまり報告を要約すると~要はやられちゃったわけだね

……一発で仕留められるとも思ってないわ。そもそも今回の私の役割は偵察。殺人はついでだわ」

「うんうん。そうだよねぇ」

わざとらしく頷き、道化師は自身のマントを翻す。その茶化しにだるさを覚えたのか、嫌そうに眉間にしわを寄せながら錬金術師は帽子を被りなおした。その様子を見て俺も口を開く。

「にしても、だ。ルミエラ信徒の無差別殺人なんて、お前も腹黒いコト考えるよな」

「お邪魔虫が入ったから殺しきれなかったけれど」

「でも土産は残したんでしょ~?」

「えぇ。毒物を体内に取り込ませたんだもの、臓器への異常、脳への障がい、四肢の可動異常ヒュドラの者達には何かしらの後遺症は残っているでしょう」

「抜かりないな、お前は」

「次は。」

俺の言葉を遮るようにして、俺の少し後ろ、入口付近に立っていた黒魔導師が小さく呟いた。その呟きで全員の口が閉ざされる。

……剣士どもはアルドニアに向かってるらしいが」

俺は静かに答える。

ん~。アルドニアねぇ?ふむふむ

道化師は悩むような素振りを見せ、やがてニィ、っと口に弧を描いて笑う。

――ボク、ちょっと散歩に行ってくるね

言い終わらないうちに、道化師は翻して俺のすぐ横を通り過ぎていく。振り向いた時には既にそいつの姿は無かった。

……そういえば、王女はどうしてる?」

「むこうでまだ眠ってる。お前薬吸わせ過ぎなんだよ」

「お寝坊さんね。……王女のところにでも行ってこようかしら。私も」

錬金術師もその場から離脱する。魔導師の影も、いつのまにか消えていた。

………

再度玉座に視線を向けた後、俺もその空間を後にした。

 

*ハク ~オーラニア王国「大森林」にて~

 

岩山を越えた大森林。その上を覆い尽くす空に、薄暗い黒が敷かれ始める。オーラニアとアルドニアの境目にある、ある種の境界線であるその場所にはまもなく夜が来ようとしていた。

「ただいま。ニア」

僕が手を差し出すと、ニア、と呼ばれたその子は小さく身体を震わせて僕の手に飛び乗る。待ちくたびれたと言わんばかりに小さな顔をこちらに向け、じっと目を見つめている。

ハク!遅いよ、ボクのこと忘れちゃったのかと思った

「はは、そんなわけないじゃないか。これでも君を待たせてはいけないと急いだ方なんだけどね」

“嘘つけ!どうせ道草食って帰ってきたくせに”

僕の名前を読んで彼女はむくれる。表情こそ変わらないが、その子は文句言いたげにくちばしで僕の手をつついてくる。

彼女はコマドリの『ニア』。幼い頃から僕のそばにいる――いわば幼馴染のような存在だ。

彼女は基本やきもち焼きだが、そんなところも可愛らしい。そんなこと彼女の前で言おうものなら火に油を注ぎかねないので口には出さないが。

「そうかっかしないで。お土産も持って来たんだ。君の好物だよ」

僕は懐からリンドロメイルの木の実を取り出し、手のひらの上に乗せてやる。

っ!り、リンドロメイルを武器にするなんてずるいっ!

「満足いかなかったかい?ロナナの方が良かったかな」

そんなこと!っうぅ~~、いただきますっ

ニアは悔し気にリンドロメイルをついばみ始める。するとさっきまでの怒りはどこへやら、あっという間にご機嫌に食事をしているのが見て分かるほど変貌していく。

彼女が単純で助かった。

僕は彼女を愛でるように、彼女の頭を優しく指先で撫でてやる。

もうお気づきだろう。僕はコマドリ――動物と先程からずっと会話をしている。

普通の人間なら、この子の声は鈴を鳴らしたような鳴き声にしか聞こえないだろう。

そう。僕は『動物の言葉が理解出来る』のだ。

それがいつからだったかは定かではない。生まれながらにしての個性であったのか、はたまた後天性のものであるのか。

そんなもの、彼女の気持ちが分かるならば理由はさほど僕にとって重要ではない。

……ただ、唯一問題があるとするならば。

ねぇ、また『狩り』とやらをやってきたの?

……よく気付いたね?」

ボクを何だと思ってるのさ。朝と比べて弓矢の本数が減っているんだもの

「はは、君にはかなわないな」

僕は反射的に、自身の武器である弓に視線を向けた。

それにしても気の毒なことだね。狩猟者の家に生まれたばかりに、動物の声を聞いた上で殺さなきゃならない。中には命乞いをしてくる奴もいるんじゃない?

「仕方ない。これが僕の役目だからね」

ここのところ、レスティリア地方では不可解な自然現象がいくつも起こっている。黒い不気味な太陽の出現。幾度に渡る地震の発生。そして――獣の暴走化。

僕は暴走化したそれらを『エネミー』と呼ぶことにしている。

へぇ。そんなにまだエネミーがうろついているんだね

「狩っても狩ってもキリがないんだ。……だからといって放っておけば人を喰う肉食動物ばかり暴走している。死体は肥料になるが腐った死体があちこちに転がっていれば質の悪い森になり、人も住みにくくなる」

“狩りまくるしか手段が無いんだね。ハクのメンタルは大丈夫かい?”

「残念なことに慣れてしまってね。君は動物を狩る僕を嫌っていない?同じ動物として思うところはあるだろう」

ボクはまたこの大森林を自由に飛び回れさえすればそれでいいのさ。そのためには君の狩りが必要でしょ?

「ふふ。そうか」

リンドロメイルを食べ終えたニアがくちばしを僕の手袋にこすりつけて汚れを拭い、得意気に首を傾げた。ふとぴくりと身体を震わせ、ニアの羽毛がぶわっと広がる。

ニアが羽毛を膨らませる時は警戒のサインだ。

その様子を見て僕も警戒し、耳をすませる。

”……なにかこの森に入ってきた

「……聞き覚えは?」

無い。遠くで知らない足音と、若い男と女の声がする

僕は眉をひそめ、弓矢を背負い直す。ニアを草の葉で出来たベッドの上におろすと、入口へと向かう。

ちょっと!またボクを置いてく気!?

「危ない奴がいたら大変だからね。良い子だから待ってて。ね?」

あっこら過保護だぞハク!ハク!ハクってば~!

ニアの呼びかけを背中に浴びながら、僕は音の発生源を探しに再び森の探索へと向かった。

 

*ラルフ ~オーラニア王国「大森林」にて~

 

月の光に照らされ、夜の風に揺れる葉をちらちらと煌めかせている。

その木々を縫うようにして、俺とアイリスは隣国へとその足を進めていた。

「本当にこっちで合っているのか…?」

俺は先ほどからひしひしと感じていた不安をこぼす。俺達は森の中をあてずっぽうに歩いているわけではない。アイリスの星の羅針盤という魔術。以前話していた魔力を杖に送り込むことで星の位置から時刻、自分の今いる場所を割り出し――向かうべき場所を指し示す、という方法を試してもらっている。

「合ってるよ!杖の光がちゃんと道を照らしてくれてる。このまま従っていけばきっと

アイリスも不安なのか、語尾が消えかかり……その不安に連動するように杖の光も朧気になっていく。

Zygos!」

慌ててアイリスは呪文を放つ。消えかけの蝋燭のように揺れていた光は再び灯り、己の役目を思い出したかのように道を指し示直した。

「光を信じて歩いてはいるけどよ……もうすっかり日も暮れちまったし一旦寝床を見つけた方が良くないか?」

「そんなこと言ったって、私達テントも何も持たずに森の中入ってきちゃったもん。何もしないで立ち止まった方がそれこそ危険だし……森から抜けちゃった方がいいよ、多分」

「暗い中ここに居続けるのはちょっと怖いし」とアイリスのぼやきが聞こえる。たしかにアイリスの言う通りでもある。この暗い中留まるのは安全性があるとは言えず、かといって俺達に野宿の知識があるわけでもない。

実際座標も割り出され、向かうべき場所には杖から光が伸びている。その光の糸を辿っていけばアルドニアには到着出来るらしいのだが……危険な場所や位置までは計算されないようで、今通っている場所が果たして安全なのかは不明なのだ。

「こんなことになるなら日が暮れる時間のことまで考えて森に入るんだった……

「後悔ばっか言ってても仕方ないだろ。……その意見には完全に同意だが」

とりあえず、少しでも出口に近づいてしまえば問題ない。家でもあれば留まらせてもらえないかとお願いが出来るのだが……。建物があるとは今目の前に広がる一面の木々の景色からして到底考えにくい。少しでも安全そうな場所があればそこで留まるのも頭の片隅に手段として考えておこう。

そんなことを考えていた時だった。

 

ギシッ

 

ふと頭上から何かが軋む音。

嫌な予感がして上を向くと―――真上にいたのはギラギラと目を光らせた獣。

その目は俺達の姿をはっきりととらえ、溢れるほどの涎を垂らしてその牙をぎらつかせている。

まずい!奇襲だ!

「ッアイリス!走れ!」

「きゃっ!」

俺は目を見開いて慌ててアイリスの手を引き、走り出す。すぐさま再び木を踏みしめるようなギシッと軋む音。それを許さんとばかりに頭上の獣は俺達目掛けて飛びかかってきた。

「伏せろっ!!!」

突如森に響いた叫び声。訳も分からないまま俺とアイリスはその声に半ば反射的に従い、しゃがみこんだ。

直後に草むらの陰から飛び出した一縷の弓矢。その弓矢に脚を貫かれた獣は低い呻き声をあげ、倒れ込んだ。

「君達っ!大丈夫かい?

先程弓矢が飛んできた草むら。その陰から若い男の声がし、その声はだんだんと俺達へと近づいてくる。

 

現れたのは、若い一人の青年。笹の葉のような木々を連想させる、嫋やかな緑を基調とした洋装を身に纏っている。青年の背丈とほぼ同等の大きさである大きな弓を抱え、服についた葉を軽く払いながらはにかんだ。

「このあたりは夜になると獣が出やすいんだ。狂暴な者も中にはいるし…夜の森で灯りをつけて移動するのはおすすめしないよ」

……光?……あ、私の杖っ!」

アイリスは自身の杖に目を向ける。羅針盤として使用していた杖の光が、かえって敵を引き寄せる原因になってしまっていたらしい。それを知ったアイリスはわたわたと、月の形を模した杖の先端を慌てて腕に抱えて光を物理的に抑え込む。

「えっと、あなたは?」

その様子を横目に、俺は青年に問いかける。

「ハク。弓使いのハクだ。……細かい話は後にしよう。間もなくこいつの血の匂いをかぎ分けて、こいつの血を啜るのが好きな別の獣がやってくる。……そいつも肉食だから見つかると厄介なんだ。こっちへ」

獣は息をしているが、動かない。

「っ、分かった」

俺とアイリスは案内されるがまま、ハクと名乗る青年の背中を追いかけた。

 

*ラルフ ~オーラニア王国「大森林・」にて~

 

木々の隙間にある、小さな洞穴のような空間。その空間の中心に、焚火がパチパチと燃える。安心感がある空間に、俺はふっと体の緊張感を解く。ハクさんに連れられた場所は暗い夜の森に現れた、小さな秘密基地のようだった。

「さて、大変だったね。怪我はないかい?」

「俺は無傷だ。アイリス、お前は大丈夫か?」

「私も平気!ありがとう、ハクさん」

「俺からも。助かったよ、ありがとう」

「お礼はいいよ、風がいつもと違う足音を運んできたのを彼女が教えてくれてね。気になって向かった先に2人がいたのを見つけただけさ」

「彼女?」

俺はふとハクさんの後ろ、草の葉で出来たベッドの上に小さな青い小鳥がいるのを見つける。

小鳥は俺らのことを黒い目でじっと見つめて、何やらピィピィとせわしなく鳴き始めた。

俺が小鳥を見ている事に気付いたのか、ハクさんは俺達によく見えるよう小鳥を手に乗せ、俺達の前に差し出す。

「彼女はニア。僕の昔ながらの友達でね、この森に住むコマドリなんだ」

「ニアちゃん!可愛いなぁ、羽がすっごく綺麗

アイリスが目をきらきらさせてニアを見る。俺も同じようにハクの手のひらを覗き込む……が、俺達には目もくれずニアはハクの手を執拗についばんでいる。

……なんかすげぇ摘ままれてるけど大丈夫か?」

「あぁ、彼女はやきもち焼きでね。僕が留守番ばかりさせているからそれに怒っているんだ」

肩をすくめてハクさんは苦笑する。なだめる様にハクさんは指先で撫でようとしているが、それには騙されんとばかりに羽で払い除けられる。

「あはは、ニアちゃんハクさんの手の上で遊んでる!かわいいなぁ」

アイリスにはじゃれているように見えているらしい。

「えーっと……あ!そうだ。ハクさんはこの森にずっといるんですか?」

俺は聞きたかったことをハクさんに聞き始める。ハクさんも本題に入ったことを察してか俺の方に視線を向けた。

「自然が元々好きなのもあるけど……ここはアルドニアとオーラニアを繋ぐ森で勝手がいいからね。この森を旅の拠点にして、ここ一帯を旅しているんだ。君たちは?名前を聞いてもいいかな」

「俺は剣士ラルフ、こっちは魔導師アイリスだ。俺達、旅を始めたばかりで……さっきのは焦ったし、ハクさんが来てくれて本当に助かったよ」

「そんな大したことはしていないよ。あとハクでいい。……そうか、君達は向かうべき場所があるんだね」

「じゃあ……ハク。ねぇねぇ、さっきの獣さんはどうなるの?」

「君達を襲ったあの獣かい?あの子はいずれ死ぬよ。別の吸血動物…”ペルシ―”に吸血されて失血死だ。自然はそういうところだ」

「そっか。……なんだか可哀想」

「だから綺麗なんじゃないのかい?」

ハクは不思議そうに首を傾げる。

「命は一瞬だ。だから僕達は生きている。当たり前の事じゃないだろう?……それにしても」

ハクの目の色が一瞬鋭いものに変わったように見えた。ニアもその言葉にぴくりと身体を震わせる。ハクの翡翠の目は静かに俺とアイリスをとらえ、瞬き一つせず見つめてくる。

――君達は僕の知らない瞳をしている。」

「っ、」

その見定めるような雰囲気に俺はぞわりとした感覚を覚える。ハクのその雰囲気はすぐに消え去り、穏やかな表情でニアを両手で包み込んだ。今度は気を許したのか、ニアも大人しくハクの両手に包まれる。

――はは、失礼。どうも職業病でね、観察癖があるんだ。……とはいえ、たしかに奪われるべきでない命が奪われて良い理由にはならない。それを一番に口にできるとは君は優しいんだね」

「そ、そうかな?」

心なしか嬉しそうにアイリスは笑う。その様子を見てハクも優しくはにかんだ。

「さて、話が逸れてしまったね。君達はどこから来たのかな。」

あー、えっと。オーラニアの王都インティウムから来たんだ。隣国のアルドニアに行きたくて今は向かっていたところで」

「アルドニアか。てことは王都ハーランドに行くつもりかな?」

「そんなところだ」

俺はハクの言葉にうなずいた。

「なるほど。隣国アルドニア…王都ハーランド。……」

ハクが呟くと、その言葉に反応するようにニアがピィと小さく鳴いた。

ハクはそれに少し驚き、少し考えた後、「うん」と頷いた。

「よし。僕が案内しよう」

「いいのか?」

「少しでも戦力があった方が君達も心強いだろう?……これでも弓の扱いには自信があるんだ。この森の事も君達よりは詳しいはず。安全は保障するよ」

「ありがとう!」

「いいんだ。それに

「それに?」

ハクは俺の聞き返した言葉には答えず、ニアを優しく葉のベッドにおろした。

「何でもないよ。……ただし、出発は明け方がいい。今日はここで一夜を明かそう。簡単な料理なら用意できるから、この後は腹ごしらえだ。夕飯の準備、手伝ってくれるかい?」

「勿論!何からしたらいい?」

アイリスは杖をおろし、手袋を外して腕まくりをし準備万端だ。

「ははっ、やる気満々だね。まずは今日採取した野菜と果物を切り分ける。できるかい?」

「まかせて!ミカエルとお料理はよくしてたもの。ほらっラルフもやろ!」

「お、おうっ!」

アイリスのやる気に押され気味になりつつ、俺も負けじと手袋を外して準備をする。

 

ハクの指示を聞きながら着々と調理は進み、俺達は焚火の温かな光に灯された空間の中で夕飯をともにしたのだった。