*ラルフ ~オーラニア王国「ウィルヴァ鉱山・洞窟」にて~
「しかし参ったな。グリフォンから逃げられたのはいいものの、この先の道はさすがに俺も分からねぇよ」
俺達は出口に少しでも近づければと、自分達の前に伸びる道をただただ進んでいた。
洞窟に正しい道が指し示されているわけでもなければ、足元が平らなわけでもない。そんな事など気にもせず、俺の少し前を歩くアイリスは自信満々に笑っている。
「私に任せてよ!さっき通ってきた道だから案内は出来るはずだよ」
「お前それで迷子になったんだろ。それに夜じゃなくても洞窟には何がいたっておかしくない、あんまり一人で先に進むと危ないぞ」
「いざとなったら魔術があるから大丈夫だよ。私に任せて!」
「さっきの今でその自信はどこから来るんだ」
自信満々に先陣を切って進むアイリスに苦笑しながら俺はアイリスについて行く。案内も何も、さっきから分かれ道の無い一本道をただ進んでいる訳なのだが。
「えっ」
ふと戸惑いを見せアイリスが立ち止まった。
「これって…」
「なんだ?どうしたんだ」
俺は急ぎ足でアイリスの傍へと駆け寄る。薄暗くて見えにくいが、アイリスの持つ杖の灯りに照らされていたのは岩の塊。それが、俺達がこれから進むはずの道に積み重なっていた。
「まじかよ、行き止まりじゃねぇか!」
「多分さっきグリフォンが洞窟に体当たりしてきてたから、その衝撃で…」
「そういうことか。あいつら埋めるだけ埋めていきやがったな」
「どうしよう?行き止まりなら通れないよ」
うなだれるアイリスを横目に、俺は積みあがった岩にそっと触れる。1つ1つの岩こそ大きいが、岩同士は歪で不安定に積み重なっているようだ。
「見ろよアイリス。この岩隙間だらけだ」
「あっ本当だ!もしかして、地道に岩を無くしていけば向こうに行ける…!?」
「どのみち戻る道も塞がれてるし、このままじゃ生き埋めだ。やるしかないな。俺が岩を抜いていくから、アイリスは移動させるのを手伝ってくれ」
「わかった!」
アイリスは杖を壁に立てかけ、いつでも渡してくれと言わんばかりに手を差し出している。俺は手始めに手前にある岩を掴んだ。重さこそあるが、凹凸がはっきりしており抱えやすい。これならスムーズに岩を移動させる事が出来そうだ。
「アイリス、パスするぞ。重いから気を付けてな」
「任せて!」
アイリスは岩を抱えた瞬間少しよろめいたが、すぐ地面に置いて俺へと向き直る。俺はまた岩に手をかけ、次々とアイリスに渡していく。
「しばらくはこの作業の繰り返しになりそうだな」
「時間はかかるけど、地道にやっていくしかないね。…そういえば襲撃って言ってたけど、一体王都で何があったの?」
「ん?ああ。実はさ」
俺はアイリスの問いに答えるべく、順を追って先程起きた出来事を話し始めた。
*メイジス ~オーラニア王国「オーラニア王宮・大広間」にて~
「祭司シャルロッテから先程報告がありました。我がオーラニア王宮の司法ノルヴァスが、王都に住む国民全員に忘却魔術をかけ終えたとの事です」
ラルフが出発したのを見届けた後。
私達三権は今後の動き方について話し合うべく大広間に集まっていた。
今しがた報告を終えたウェイルは私と同じく玉座の前で跪き、エインもまた同じくウェイルの報告を聞いている。国王はと言うと、依然として険しい表情を変えず玉座に座り口を一文字に結んでいた。
「これからどうなさるおつもりですか、国王様」
私はそっと口を開く。
「国民の目の前で王女様が攫われました。あろうことか、今日から我が国を統治する王となるお方が。不安な思いを抱える国民に、安心するようにと忘却魔術をかけました。国民のためとはいえ、得体の知れない魔術を、勝手に。はたしてこれは正しいご判断だったのでしょうか」
「仕方ないだろ。『我が王国は侵略をいとも簡単に許せる王国でした』なんて国民に知られちゃ、暴動を起こす愚民が現れないとも限らない。そんな事になっては王女様だけではなく、それ以上の被害が出ないとも限らないからな」
「でもエイン殿、これじゃ隠蔽じゃないですか。戴冠式だって、始めから無かった事になって…。マリー王女様にとって一番大切な日であったというのに」
「そのマリー王女様が連れ去らわれてるんだから元も子もあるまい。罪の無い国民達には何も知られないまま、この出来事を終わらせるべきだろう」
国王様は何も答えず、ただ私達の会話を聞いている。何かを考えているのか、それとも娘が連れ去らわれた事で傷心なさっているのか、そこまでは私も読み取れなかった。
「…やはり今のタイミングで戴冠式なんてするべきではなかったんです」
目の前の玉座に座ったままの国王様を見ながら、私はぽつりと呟いた。
そう、戴冠式は本来今の国王様がご不幸に遭ってから初めて行われるものだ。
今の国王様がご健在にも関わらず、新たな王を君臨させるなど本来は冒涜に等しい。
今回の戴冠式は国王様によるご決断によるものだった。その後判断に至った要因に、神託が関わっていたのかは定かではないが。
「それに。今回の一連の解決を全てラルフさんに任せるというご判断、私にはやはりご英断だったとは判断しかねます」
先程から一言も発さない国王に私はしびれを切らして詰め寄る。
「神託が絶対なのは私も理解しております。しかし…神託を真っ向から信じ、ラルフさんだけに任せっきりにするというのも…いかがなものかと」
「口を慎みなさい、メイジス。たしかにあの名の知れぬ剣士だけに任せるのは心配が伴う事はたしかね。でも神託に間違いはないし、王のご判断も間違ったものではないわ。私達は今までも神託に基づき、政治を行ってきたでしょう。神託そのものを疑い出すのはいただけないわ」
「剣士としての力量を心配しているのではありません。私はラルフさんという我が国民の身を案じているんですよ!」
ウェイルがメイジスの言葉に口を挟むが、それを拒むようにメイジスは大声をあげた。
「やめろメイジス。マリー様の身よりあの剣士の身の方が大切であると言いたいのではあるまいな?」
「そんな事は誰も言ってはおりませんエイン殿。私は彼を我が王国の大切な国民として案じているのです。神託に従って彼を前線に立たせると言うならば、彼だけに全てを背負わせ、王宮内の人間は一切この件に介入する事を禁じるなど……そのようなご判断に至った理由をご説明いただきたい。国王様が神を信じ、それに従う事は止めません。私はそれに従うまでです。ですが国民を危険に晒したにも関わらず、さらには強制的に国民へ忘却を強い、一介の剣士1人にその全ての解決を任せる……こんなのただの傲慢ではありませんか!」
「メイジスお前、無礼も大概に…!」
「いいのだ、エイン卿」
私の襟首に掴みかかったエインを制するように、ようやく国王は口を開いた。
「メイジス、お前は生真面目で人思いだ。間違った事など口にした事はない。勿論今も例外ではない。……否、今は生真面目さだけで解決出来るような状況ではないのだ。更なる反乱を防ぐ為、魔術に頼ったにすぎぬ」
「では、何故あのようなご命令を――」
「それは今話す事ではない。……否、お前達に話す事ではないと言うべきか」
「それは何故ですか」
「私は彼――ラルフの事を見込んで前線に立たせたにすぎぬ。1人でいい、神託に無い余計な人間を派遣すれば、悪戯に犠牲を増やすだけであろう、と。……これ以上の介入は不要だ。もし私の命令を無視し、自己判断で軍を派遣しようものなら我がオーラニアへの叛逆とみなす。いいな」
「国王、貴方は……!」
言いかけて、私はウェイルの視線に気づく。”冷静になれ馬鹿者”。鋭い視線に含まれたメッセージに気が付くのはそう難しくなかった。
私は言いかけていた言葉を呑み込み、口を紡ぐ。たしかにこれ以上口争いを続けていても何にもならない。今この場で反対し続けていれば、それこそ叛逆者と見なされる可能性だってある。
「お前達に命令を下す。レイヴァスは王宮の警備をしろ。今度こそ侵入者の侵入を絶対に許すな。ノルヴァスはオーラニア内に立つ全ての教会に、今夜神へ祈りを捧げるよう伝えろ。幸い今夜は満月だからな。儀式には都合がいい。ファンディアスは襲撃に遭い破壊された箇所の修復計画を進めろ。王宮内の人間にはマリーが連れ去らわれた事は絶対に口外するなと伝えろ」
「…御意」
エイン、ウェイルは短く返事をし、扉へと歩き出す。私は無言で国王を一瞥した後、同じように短く返事をして大広間を後にした。
*ラルフ ~オーラニア王国「ウィルヴァ鉱山・洞窟」にて~
「……と、いうわけだ。俺はマリー王女を助ける為、その襲撃者の事を追ってるってわけ」
「そ、そんな事が……」
俺はどんな事があったのか、襲撃者の特徴や武器、攻撃方法まで細かい事をアイリスに話した。全てを聞いたアイリスは驚いたような困ったような表情を浮かべながら、俺が渡した最後の岩を端へと移動させる。
「よし。これでひとまずは進めそうだな」
俺は先導を切って岩があったその先の道を進む。アイリスも杖を持ちなおすと、俺に続くようにして道を進む。
「でもそれなら、今頃王都は大騒ぎだね。なんて言ったって次期国王様が連れ去られちゃったんだもの」
歩きながらアイリスは話を続ける。
「まあ、そうだな。マリー王女の身も無事でい続けるとは限らない。だから一刻も早く助けにいかなきゃならねぇんだ」
「でもその人達がいる場所の手掛かりはあるの?黒いフードを被った人達、どこか遠くへ飛んで行っちゃったんでしょ?」
「それが分からないから、とりあえずヒュドラの町に行って情報収集しようってわけ。メイジスさんの旧友がそこの教会で神父をしているんだと」
まあその旧友ってやつも、教会にいる神父としか手掛かりが無いんだけどな。
そんな事を考えていると、段々と道が開けてきた。本来の道へと戻ってこられたのだろう。
「風、吹いてるな。このまま真っ直ぐ進めば出られそうだな」
俺の言葉にアイリスはほっとしたように頷いた。風が吹いているのは出口が近い証拠だ。このまま道なりにいけばヒュドラの町に出るのもそう難しくないはずだろう。
「そういえば。アイリスはずっとミカエルを捜しているのか?宛ても無く、ずっと?」
アイリスの杖の灯りを頼りに、俺は歩きながらアイリスに話しかけた。
「え?うん。そうだよ。というかそれ以外に方法が無くって」
頷くアイリスを見て、ラルフは困ったように頭をかく。
「それ、しらみ潰しにも程があるんじゃないのか?何か無いのか、その人が行きそうな場所とか、心当たりとか…」
「…うーん。そもそもミカエルが出かける時は、行き先を言わずに出かける事が殆どで。いつものように何も言わずにいなくなっちゃったから…」
「いつもは普通に帰ってくるってことか。で、いずれ帰ってくるだろといつものように待っていたが、帰ってくることは無かったと。……てかそれもそれで問題じゃないか?一緒に住んでる親友にどこ行くかも言わないとか、お前そもそも友人って思われて…」
「何でそう言う事言うの!?」
やべ。そう思った時には思った事をそのまま俺は口走っていたようだ。
俺の失言に、案の定アイリスはむくれる。
「ラルフだって人のこと言えないじゃんー。ラルフだって黒いフードの人の事、どこに行ったかなんて何にも知らないくせにー」
「わ、悪かったって。冗談だよ、冗談!」
俺はアイリスの睨みから逃れるように目線を適当な岩に移すと、大きく咳ばらいをした。
「あ、あー…そうそう!ミカエルっていう子はどんな子なんだ?」
この場の空気を少しでも換えようと、俺は慌てて新しい話題を投げかけた。咄嗟に出たものであったがどうやらその話題を選んだのは正解だったようだ。むくれていたアイリスは次第に得意気な顔で笑い、よくぞ聞いてくれた、とでも言うようにこちらを向いた。
「ふふん。ミカエルはね、私にとってとってもすごいお師匠様で、一番の親友なんだ!リンドロメイルのパイを作るのもとっても上手いし、目の色もとっても綺麗で、宝石みたで!勿論魔法を使うのもとっても上手なんだ。その気になればラルフの事なんて水に沈める事だって、オーム豚にする事だって、あっという間に木っ端微塵にする事だって出来ちゃうんだから!」
「……お前さてはまだ根に持ってるな?」
「何のことかわかんないですねー」
俺の問いかけにアイリスはそっぽを向く。いや絶対に根に持ってるだろ。
「あー、まぁ、それはともかくとしてだ。アイリスは本当にミカエルの事が好きなんだな。じゃあ尚更見つけないとって感じか!そんだけお前に想われているんだ、きっとミカエルもお前に会いたいはずだぜ」
「うん。絶対、絶対見つけるんだ」
アイリスの言葉は重く、生半可な決意を乗せていない事がよく分かった。
アイリスはミカエルの事になると雰囲気が変わるというか、緊張感が変わる気がする。さっきの魔法の様子では考えられないくらいのものを背負っているんだな。
一緒に捜すと宣言した以上、この先俺も彼女の力になれたら良いのだが。
「……ん?何だ、また岩か」
俺達の進んでいた道は、再び岩によって行く先を塞がれてしまっていた。しかも今度は2人の背丈より遥かに大きな岩だ。とてもじゃないが2人で移動させられるようなものじゃない。
ふと俺は違和感に気付く。アイリスも違和感に気付いたのだろう、隣で訝しげに首を傾げている。
「これ……おかしくないか?俺達出口に向かって歩いてたはずだろ?何で岩で塞がれてんだ?」
「もしかしてまた道を間違えたとか……?でもここまで来るのにずっと一本道だったし……」
「風の吹いていた方向へ歩いてきてたし、始めから道を間違えていたとも考えにくい。じゃあ、この岩は……」
刹那。俺達の目の前にある岩が暗闇の中で小さく動いたように見えた。
俺達は目を見合わせる。恐る恐るアイリスが杖の灯りを岩にかざすと、岩肌がある場所のそこには黒い羽毛がびっしり生え揃っているのが見えた。
それだけではない。地面を照らすとそこには毛むくじゃらの脚。上の方をかざせば鋭いくちばしがその黒い体から突き出ている。
「おい。俺の勘違いじゃなけりゃ、この見た目に見覚えがある気がするんだが…」
「た、多分、それ気のせいじゃないと思う……っ!?」
アイリスが言い終わる前に、目の前のそいつは大きく雄叫びをあげて目の前で羽ばたいた。
周りの岩壁はパラパラと崩れ出し、俺達はそいつ――グリフォンの羽ばたいた衝撃に煽られ、洞窟奥へと吹き飛ばされる。
「い……っ!」
「アイリス!」
俺は身を起こし、アイリスの元へと駆け寄る。グリフォンは翼を大きく振り上げ、すぐそこまで迫ってきている。2人もろとも羽に押しつぶされる事を確信し、俺とアイリスはグリフォンの攻撃を全身で受けるべく、目を瞑り足に力を込めた。
しかし、そのまま俺達が押しつぶされる事は無かった。
「……あ、あれ?」
いつまで経っても攻撃を打ってこないグリフォンに違和感を感じ、俺は目を開ける。
すると目の前には、今の今まで血気盛んだったグリフォンが魂でも抜けたかのように、攻撃しようとしている体制のままピクリとも動かなくなっていた。
「なんだこれ…おい、一体どうなっちまったんだ?」
「わ、わかんない。攻撃してこようとしてたはずだけど、どうして…?」
アイリスも動揺を隠せないまま、体を起こし目の前で硬直したグリフォンを見つめている。
「しばらく様子を見ていたが、この有り様とはな」
俺達が戸惑っていると、グリフォンの背後から白いコートに身を包んだ男が姿を現した。白いロングコートに白い帽子を被り、口を一文字に結んだ男だ。
「お前達は狂化された生物への対抗策も知らないのか」
男は淡く光る鉱石の灯る杖をつき、「はあ」とわざとらしく溜め息をついて俺達の事を交互に見ている。
草だらけのこの環境には似合わない佇まいから見るに、どこかの王宮か城にでも仕えている人なのだろうか。
「お、お前は誰だ?」
男がただ見ているだけなのかはたまた意図的なのかは分からないが、常に睨みつけているかのようなその視線に俺は自然と背筋が伸びる。
「そこの駆け出し勇者野郎」
しかし、俺の問いには答えずに男が放ったのはそんな言葉だった。
「…っは?俺の事か?」
「他に誰がいるというんだ。阿呆面浮かべた剣士などお前しかいないだろう」
「あっ阿呆面?」
「そうだ。何か間違っているか?」
「あ、あの。このグリフォン達は、貴方が止めてくれたの…?」
俺と男とのやり取りを気にしつつ、恐る恐るアイリスは男に話しかけた。
「あのグリフォンはグリフォンであってグリフォンではない。黒魔術により違法に狂化された生物兵器だ。狂化された生物を倒す事は困難だが、狂化を鎮める事であれば微量の治癒魔法をかけるだけで出来る。お前でも対処は出来たはずだが、こいつが狂化されていたと気づかなかったのか?」
「た、たしかにおかしいなとは思ってたけど…」
「違和感を感じたら狂化を疑う。魔導師としては当然の事だが?」
「…うぅ」
アイリス、負けるな。完全に論破されてるぞ。
「あー。このグリフォンは助けてくれたなら礼を言うよ、ありがとな。貴方はオーラニア王宮の方ですか?メイジスさんから俺に伝言を預かった、とか」
「私があのオーランド王にでも仕えているとでも思ったのか?」
…違うらしい。
「まあ、伝言と言う意味では間違ってはいないがな。私はお前に伝える事があるから仕方なく声を掛けただけだ。オーラニア王宮関係者ではない。無駄な親近感を抱くな」
「へいへい、悪かったよ。というか暴言ばっかだなお前」
「暴言など吐いていない。お前が勝手にそう変換しているだけだろう。お前の耳はあらゆる言葉を罵倒へと換えるマゾ耳なのか?」
「息吐くように暴言吐くなお前。で、何の用だよ。俺に何か言いたい事があるんだろ?」
「単刀直入に言わせてもらう。お前は勇者の成り損ないだ」
こ、こいつ。
「何が言いたいんだ?」
「慢心しているといずれ痛い目を見るという事だ。お前達は冒険者と名乗るにはあまりにも未熟すぎる」
男の放った一言に俺は言葉を詰まらせる。何か反論しようと思ったが、男の言う事はごもっともなのだ。
「……王に命令されたからとか、神に言われたからとかそれだけの理由でマリー王女を連れ戻しに行くんじゃない。目の前で襲撃されて、そのまま王女様が拉致されたんだ。助けに行く理由なんてそれだけで充分だろ?」
「本気で人を救いたいなら綺麗事だけで動くな。聞いてて呆れるお前と会話している事すら恥ずかしく思える」
くそ、こいつ本当に暴言しか吐けないのか。
「お前が私に決意表明をする必要はない。無謀な旅をしようとしている愚か者に忠告をしただけの、ただの一介の賢者にすぎないのだからな」
俺の視線お気にも留めていないのかそもそも無視しているのか、男は俺とアイリスの間を通り過ぎ杖をかざした。
男の杖からは淡い緑色の光が放たれ、硬直していたグリフォンはみるみる小さくなっていく。
否。本来の大きさに戻ったグリフォンは、狂化していた事も忘れたのか大人しく洞窟の外へと出ていき、やがて遠くへと飛び去っていった。
「『メイジスの旧友』とやらに会いに行くんだろう。さっさと行け」
そう言い残すと、男はローブの着崩れを直して出口へと歩き出す。
「待てよ!お前、一体何者なんだ?」
どうしてメイジスの旧友に会いに行く事を知っているのか。それに呆気にとられつつも、思い出したように俺は慌てて男を呼び止めた。
「本当の名を教える程お前らに価値は無い。だが…そうだな」
男は立ち止まり、少し考えるようにした後こちらを振り返る。
そして、小さく呟いた。
「『エトワール』。そう呼ぶがいい」
「……エト、ワール…」
「駆け出し勇者ラルフに助言をしてやる。世界を救うというならば、まずは星の子を救え」
「……は?待てよ、どうして俺の名前まで知って、」
俺の言葉を遮るかのように、エトワールと名乗った男は杖の先で地面をトン、と叩く。
するとそれが合図であったかのように、俺の視界が一瞬歪む。
「なん……っ!?」
しかしそれも瞬きをすると一瞬にして直った。体も特に異常はない。唯一変わっていたのは、先程まで目の前にいたはずのエトワールがどこにもいなくなっていた事だ。
「……あ、あれ……?」
アイリスにも視界の異変は起きていたのだろう。忽然といなくなったエトワールを探すように、きょろきょろとその視線を泳がせていた。
あいつは何だったのだろうか。そもそもあいつは存在していたのか?いや、アイリスも俺もエトワールと会話はしているんだ。最初からいなかった、なんて事あるはずないのだが。
「なんか不思議な人だったね。現れたと思ったら急にいなくなっちゃった。助けてくれたから悪い人じゃなさそうだけど」
「どうだかなぁ。暴言だらけの奴だったが…。まぁ、とりあえず外へは出られるんだ!さっさとこんな洞窟出ちまおうぜ」
「う、うん!そうだね、早く行こ」
アイリスに声をかけ、俺は頭をかきながら洞窟の外へと向かう。
洞窟を抜けると、その先には開けた道が続いていた。
その道に突き当たる場所には、人工的に作られた建物が西日に照らされているのが見える。恐らくあれが、俺達が目指していたヒュドラの町だろう。
町に着いたらまずは旧友探しだ。しかし服は泥だらけ。いち早く風呂に入りたい気もするし、今日の所は体を休める為に宿屋を探しておきたい気持ちもある。町に着いたところで、まだまだやる事はありそうだ。
俺達は町へ向かう道を真っ直ぐに進む。王宮を出る時に空の頂上に光っていた太陽は、すっかり西に傾きかけていた。