*??? ~オーラニア王国「???」にて~
『貴女は誰よりも素敵な子よ』
杖の光だけが私の足元を青く照らしている。
その青い光をぼんやり見ながら、私は最愛の『彼女』の声を思い出していた。
優しく、されど耳に残る、鈴がころころと鳴るような温かい声音。
ふと岩陰から『彼女』が現れないものかと、0にも近い可能性にすがり辺りを見渡す。
しかし周りはただ冷たい岩々が暗闇に息を潜めているだけで、捜し求めている『彼女』の姿はどこにも見つからない。
「…それは貴女もだよ。だって貴女はかけがえのない存在だもの」
疲れた体を支える杖の音がコツ、コツと冷たい空間の中でこだまする。
薄暗く無機質な岩に囲まれた場所にいると、ふと寂しい思いが増す。
そんな思いから逃げるように、私はただ速足でその出口を目指していた。
最愛の『彼女』を捜して、何日彷徨ったか分からない。
それでも私は進む。『彼女』を捜して、どこまでも。
ねえ、ミカエル。
貴女は一体どこにいるの?どうして私の傍から姿を消してしまったの…?
*ラルフ ~オーラニア王国「エーニャ平原」にて~
土と草を踏みしめるたびに草木の独特の香りが辺りを舞う。
先程までの賑やかな街並みからは離れ、草木で囲まれ雑に整備された道を俺は歩いていた。
温かい日差しを浴びながら俺はメイジスさんの言葉の通り、ヒュドラの町を目指し南へと向かっている。
「ったく…いっぺんに色々起こり過ぎじゃないか?」
俺は先程起きた出来事、自分が今侵されている状況を思い起こし溜め息をついた。
突然の襲撃。マリー王女の拉致。グリフォレイドと名乗る謎の男女2人。オーラニア王国にまつわる神託と、その神託に自分が謳われていたという事実。
かく言う俺は、勇者としてマリー王女を連れ戻すべく旅をする事になった。
そして、何より。
(俺自身の記憶が、失くなったという事)
王都インティウムを出てからというもの、俺はずっと自身の記憶をたぐり寄せていた。記憶を失くしたまま旅をするのだ。いつ戻るか分からないならば、せめて思い出せる部分と思い出せない部分の境界線ははっきりさせておかなければならない。
そして思い出せたのは、この辺りの地形やギークに声をかけられてから現在に至るまで。思い出せなかったのは、その前の事全て。俺がどこの出身で今までどこで暮らしていたのか、俺に家族や友人はいたのか、戴冠式前に俺は何をしていたのか等。
そう、つまり「自分に関する記憶」だけが全て抜け落ちてしまっているのだ。「ラルフ」という自分の名前を除いて。
「戦いのショックにしても、その戦いの事ははっきり覚えてるんだから皮肉なものだよな」
人助けの為だと思って引き受けたはいいが、自分の事が何も分からないまま旅をするという事はなかなか無鉄砲で危険な事ではなかろうか。
いや、それだけじゃない。あの王様も王様だろう。記憶失くしている奴を神託の1つで普通信じるか?国が支える神直々の予言だとしても、流石にちょっとは疑えよ。それだけあのオーランド王が信仰深いのだろうが…。
「あー!何がどうなってるんだ!大体あの太陽もおかしいだろ、なんだ黒の太陽って!」
俺は先程見た黒い太陽を思い出し空を仰いだ。噴水と王宮で二度見た不気味な黒い太陽は、今は俺がよく知っているただの白い太陽だ。日差しはいつも通り温かく、呑気に大地を照らしているようにさえ思えてくる。俺は太陽から目を逸らし、眩しさを払おうと瞬きをした。
「考えれば考えるほど訳わかんねぇな…」
思い出せるか分からない事を思い出そうとする事は、三つ葉すらあるか分からない野原で四つ葉のクローバーを探すくらい難儀なものだ。いくら思い出そうとしたところで、都合良く思い出せるものでもない。
「不安だらけだが仕方ないかね。って、おっと?」
考え事を止め、顔を上げたところで俺は踏みとどまった。俺が行こうとしていたのはヒュドラの町に行くための洞窟のはずだ。かなり歩いてきたからそろそろ着いても良いはずだが、俺の目の前には整備のされていない獣道が広がっていた。
「げ、まじかよ。まさか道間違えたか?」
俺は振り返り、来た道に分かれ道らしき道があったか確認する。しかしただ一本道が続いており、いつ道を間違えたかまでは分からなかった。
「どうしたもんか…来た道を戻るか…?」
俺の前に伸びている道は雑草だらけで整備こそされていないが、人に踏まれ続けた事による足跡で平らになっている。これが王都インティウムとヒュドラを行き来する旅人達によって自然に出来た道ならば、洞窟を通らずともこの道でヒュドラには辿り着けるかもしれない。
「うん?あれは…」
道をしばらく歩いた先、その外れた先にある木が不自然にガサガサと音を立てている。
あの動く影は、もしや。
「チャケット鳥だ…!」
オーラニア王国に多く分布している、茶色の毛並みに黒の斑点が特徴的なずんぐりとした大きな鳥だ。その鳥が、木に実ったリンドロメイルの実をつついている。
俺は王都の酒屋にいた男達が食べていたチャケットの唐揚げを思い出し、ごくりと唾を飲む。それに反応し腹がぐうぅ、と音を立てる。そういえば今日は朝起きてすぐトレーニングに出て、戴冠式からそのまま旅に出発していたから何も食べていなかった。腹が減るのも無理がない。
自分の知らない道を通るのはいささか不安が残る。だが来た道を戻ったとして分かれ道までどれくらいの距離があるか分からないし、そこから改めて洞窟を通るとなると更に時間がかかるだろう。夜の洞窟は何かと危険だ。日が暮れるまでにはヒュドラに着いておきたいという思いもあった。
「し、仕方ない。腹が減っては戦は出来ぬ!ってな!」
ヒュドラに着けば商店で食べ物を買う事は出来るだろうが、ここは街を出たはずれのど真ん中だ。旅人も時に狩りによる食料調達が必要になってくる。
そんな中食料がある道を引き返すなんて愚人のする事だ。旅に出て最初に見つけた食料がチャケット鳥とは運が良い。早速ご馳走にありつけるんじゃないか。
俺は剣を抜き、そっと木陰に息を潜める。音を立てないようにゆっくりチャケット鳥が止まる木へ近づく。ゆっくり、警戒されないよう、確実に。
そしてチャケット鳥の止まる木に回り込み、タイミングを見て剣を振り上げようとして――
"ザッ"
何かが切り裂かれる音。何かが潰れる音。
次の瞬間には、血が噴き出したチャケット鳥が俺の目の前で落ちていった。
「は!?」
突然の出来事に俺は目を見開く。奥の方に気配を感じ、俺は目を凝らした。
血に濡れたでかい鉤爪。刃物のようなくちばし。毛むくじゃらの脚。今までに見た事もない生き物に、俺は目を見開いた。
「なんだこの怪物!?」
俺の声に反応してか、怪物は仕留めたチャケット鳥を脚で鷲掴み、俺をぎょろりと睨んだ。まるで"次はお前だ"とでも言うように。
嫌な予感がする。そんな俺を知ってか知らずか、怪物は鋭い爪を俺に向け襲い掛かってきた。
「っあぶね!?」
間一髪のところで俺は避ける。俺の頬から一筋の赤い液体が滲み出た。
こいつ、確実に頭を潰しにかかって来ている…!
「なんでこうなるんだ!俺食料手に入れようとしただけだろ!?」
チャケット鳥に反撃されるならまだわかる。よりによって怪物に襲われるとかどんだけ運が悪いんだよ!
俺は自分にツッコミを入れつつ、再び向かってきた怪物に剣を振り切る。しかし大きく旋回した怪物は軽々と刃を避け、そのまま鋭い鍵爪が俺の肩を掴み、俺を地面へと押さえつけた。
俺の頭上に振り上げられるくちばし。これは…まずい!
「っくそ…!」
顔を背けた時だった。
「 ”Toxotes” !!」
聞いたことのない言語で唱えられた呪文。
その呪文が唱えられた直後、俺の頭の上から蒼い閃光の矢が放たれ、怪物の腹部を直撃する。怪物はその衝撃であっという間に遠方へと吹き飛ばされた。何だ、何が起こった!?
驚いて起き上がると、そこには見慣れない一人の少女が立っていた。
青い三角帽子に青い服、金色の月の杖に、はるか宇宙(かなた)を連想させる、青い星屑のローブが煌めく少女。その分かりやすい程の容姿からして、彼女は恐らく。
(魔導師だ…!)
夜明け前の深い青と淡い空色のグラデーションが特徴的な髪は、杖から放ったのであろう蒼い閃光の衝撃で大きくなびいている。ふぅ、と溜め息をついた顔は憂いを帯びており、落ち着いた白と空色の宝石のような瞳に吸い込まれそうになりそうで。
かっこいい。そう呟こうとした時だった。
「今の見た…!?」
「は、え?」
「すごいよね!?こんなに綺麗に上手く行ったの久しぶり…!」
突然の変わりっぷりに俺は言いかけた呟きを飲み込む。儚げな表情が嘘だったかのようにぱっと顔を綻ばせ、少女は俺の顔を覗き込んできた。
「すごいよね?ね!?」
「あ、ああ、うん。すごいし助かったよ、ありがとな」
「任せて!私にかかればグリフォンなんてすぐにやっつけちゃうんだから!」
「あの怪物グリフォンって言うのか」
こちらの戸惑いなど気にも留めず、少女は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。フリルのスカートが動きに合わせてふわふわと揺れる。こ、この子意外と無邪気だな。
まあ、とにかくこれでグリフォンは倒されて――いや、待て。なんだか地鳴りがしているような?
「な、なあ魔導師ちゃん」
「どうしたの?」
「この地鳴りって、魔導師ちゃんが跳ねているから起きているものとかではない、よな?」
「え!?違うよ!そんなに私重くないよ!?」
「そ、そうだよな。いや、この場合逆にそうであってほしかったような」
「失礼すぎない!?…って、その地鳴り、というと?」
「ほ、ほら。なんかそこはかとなーく揺れてるような…」
ふと、吹き飛ばされていったグリフォンの方を見やる。姿こそ見えないが、グリフォンが叩きつけられた場所から立ち上る土煙に、ゆらりと動く影が見えた気がした。それも、複数。
「な、なあ。あの影…何となーく嫌な予感がするのは気のせいか?」
「き、気が合うね。ちょうど私もそう思ったところだよ」
魔導師ちゃんの後ずさりに反応してか否か。濛々と立ち上る土煙から、グリフォンが複数体になって現れた。
「こいつ分裂するのか!?」
1、2、3、4…全部で10体。先程とは一回り小さい気もするが、俺達を丸飲みにするには十分すぎる大きさである。
「逃げるぞ!」
「ま、待って!私がまた魔法でどうにかしてみせるよ!」
逃げようと掴んだ俺の手を退け、魔導師ちゃんはグリフォンの群れに杖を振りかざした。
「”Toxotes” !!」
蒼い閃光が瞬く。先程自分がやられた光に警戒してか、グリフォンの群れはぐっと踏みとどまった。
その光はターゲットの警戒など気にも留めず、群れへと真っ直ぐ伸びていき――
グリフォンの群れのだいぶ手前で、そのままポトン、と落ちて消えた。
「…は?」
再び光の爆発が起こるものだと思っていた俺は気の抜けた声を出してしまった。ポトン、ってなんだポトンって。これじゃまるで線香花火じゃないか。
「あ、えーと…?」
光を放ったままの体制で固まっている少女に声をかける。
「あー…、大丈夫か?」
返事がない。
「あの、これはつまり…失敗、っていう解釈で合ってるか?」
「……こ」
「え?」
「何してるの、こんなことしてる場合じゃないよ!早く逃げよ!!」
ゆっくりと振り返った彼女は、強張った笑顔を見せて、俺の腕を引っ掴み道を外れて駆け出した。
こ、こいつ。無かったことにしたぞ。
そんなこっちの事情などお構いなしに、群れも俺達を追いかけてきた。
「くそっどうすんだよこれ!」
「この先に洞窟があるの!そこに逃げよう!」
「洞窟って…ヒュドラに続く洞窟か!?」
「そう!抜け穴があって、そこから入れるの!」
「洞窟入ったところで撒けるのか!?」
「抜け穴は小さかったし、そこに入っちゃえばこっちのものだよ!ちゃんとした入り口から入ってこれちゃったとしても、私が散々迷った洞窟だよ!撒くのには最適だと思う!」
「そこ誇るとこじゃねぇぞ!」
突っ込みを入れつつ、俺は後ろを振り返る。グリフォンは徐々に俺達に距離を詰め、甲高い鳴き声で俺達に吠えている。早く身を隠さなければ、捕まるのも時間の問題かもしれない。
「それしか方法はなさそうだな!仕方ねぇ、あそこに逃げるぞ!」
「うん!」
グリフォンの群れは俺達の少し後ろを高く飛んでいた。向こうは大きい体だ、木々が邪魔して低空飛行が出来ないらしい。幸運にも捕まってそのままま丸飲みは免れそうだ。
「見えてきた、あれだよ!」
やがて木々に隠れた高い岩壁が姿を現した。魔導師ちゃんの指差す場所には、小さな暗闇が口を開けている。
それと同時に、グリフォンの群れのうちの1体が大きな鍵爪を俺達めがけて振り下ろしてきた。
「せーので飛び込むぞ!せぇ…っ」
「「のっ!!」」
鍵爪が俺達の頭を捕らえるより早く。俺達は洞窟の穴の中へと飛び込み、その勢いのまま地面に滑り込んだ。
「いってぇ!!」
受け身が取れないまま、俺達は地面へと身体を打ち付ける。
「こ…っこれで、逃げられた?」
打ち付けた腕を抑える魔導師ちゃんに続いて、俺も外の様子を伺う。獲物が目の前にいるのに捕らえられない悔しさからか、はたまた”逃げられたと思うな”とでも言いたいのか、俺達のいる洞穴へと甲高い声で鳴き声をあげている。
穴を覗き込んでは鍵爪を穴に入れ、穴を拡げようと頭突きをしている。
「危ない!」
俺が魔導師ちゃんを引き寄せたすぐ後に、脆い穴はグリフォンの頭突きによりいとも簡単に崩れ去り、岩なだれが起こる。それでもがむしゃらに頭突きを繰り返していたグリフォンの群れだったが、やがて諦めたかのように引き返していった。
「くそ、埋めるだけ埋めて逃げて行きやがった。チャケット鳥につられなければこんな事には…」
グリフォンがいなくなったことで一気に警戒心が解け、俺はその場に座り込んだ。結局腹は減ったままだが、そんな事今になってはどうでもいい。入ってきた穴が塞がれた今、出口を探すしかなくなってしまった。
「そうだ、勢いよく飛び込んだが怪我はしてないか?さっき腕を抑えていたような…」
「腕を打ったけど、それくらい大丈夫だよ。魔導師は元々治りやすいし、ちょっとの怪我くらいへっちゃらだもん!貴方こそ大丈夫?」
「俺も大丈夫だ、心配ありがとな」
「なら良かった。…それより」
魔導師ちゃんは怪訝そうな顔をして呟く。
「おかしいな…グリフォンは大人しい鳥で、人に襲いかかるなんて事するような性格じゃないのに」
「大人しいとはだいぶかけ離れてたぞ?あれほんとにグリフォンなのか?」
「間違いないよ!なんなら分裂なんて絶対にしないもん。でも、どうして…」
「まあ、たしかに分裂する鳥なんて普通じゃないよなぁ」
信じられない、とでも言わんばかりに頭を悩ませている魔導師ちゃんをよそに、俺は洞窟内を見回す。洞窟は岩の隙間から漏れ出る日の光が頼りなく差し込むばかりで、足元も分からないくらい薄暗い。ところどころにクモの巣が張っており、道もどれだけ曲がりくねっているのか予想がつかない。
「とにかく、抜け穴を埋められた今ここにいてもしょうがない。俺はラルフ。しがない冒険者だ、よろしくな。君、名前は何て言うんだ?」
「私はアイリスよ、よろしくね」
「じゃあ、アイリス。さっそくだが、この洞窟の出口は分かるか?」
「え、えーと。ほら、さっきも言ったじゃない?私が散々迷った洞窟だよー、撒くのには最適だよーって」
「…まじかよ」
つまり俺達は本格的に迷子になったらしい。
「ま、まあほら。進んでいくうちに見覚えのある道とか思い出すかもしれないし、ね?」
アイリスが慌ててフォローしようと取り繕う。ここまで頼りないフォローがあっただろうか。
「仕方ない、とにかく風を頼りに進むぞ」
俺は自分の人差し指を舐め、頭上に掲げる。
「…?何してるの?」
「これか?こうする事で風を感じやすくなって、風の吹く方向に進めば出口が分かりやすくなるんだよ」
「へぇー。そんな便利な方法があるんだ」
「…アイリス。野暮な事聞くが、今までどうやって旅してきたんだ?荷物も見た感じその杖だけに見えるけど、さすがに地図か何かに頼ってるよな?」
「勿論!この杖があれば何でも出来るからね。私が必要な時に杖に魔力を送り込む事で、星の位置から時刻や自分の今いる座標を割り出して、私が向かうべき場所を指し示す事だって出来るんだから」
「なるほど。なんかすごそうだけど、さっきの線香花火状態からしてきっと使いこなせていないんだろうなって事は想像ついたわ」
「なっ!線香花火状態とは何ですか線香花火状態とは!」
「使いこなせてないっていうのは否定しないのな。お前本当に魔導師なのか?」
「わ、私にだって魔術くらい使えます!今はまだ見習いなだけだよ!」
「どうだかなぁ」
むっと膨れているアイリスをよそに、俺は風の指し示す道を進んでいく。俺の行く道につられるように、アイリスも早歩きで俺の後ろをついてくる。
「はぁー。にしても悪いな。アイリスは元々洞窟を抜けてあの道に出たんだろ?俺のせいで引き返す事になっちまったよな」
「それはそうだけど、しょうがないよ。ラルフこそあんな感じで襲われて大変だったでしょう?人の命には代えられないもんね」
「…なんか本当悪いな。こうなるくらいなら王都を出る前にちゃんとメイジスさんから安全な道を聞いておくんだったわ」
「王都…?まってラルフ、貴方インティウムから来たの?」
「え?あ、ああ、そうだけど?」
「ミカエル!」
「え?」
「貴方、ミカエルを知らない!?」
王都という言葉を出すや否や、魔導師ちゃんは勢いよく俺の肩を掴んできた。
「私と同じ杖を持っていて、水色の長い髪が綺麗な女の子なの!オーラニア王国の王都インティウムにいるんじゃないかって噂を聞いたから、王都を目指していたんだけれど」
「ミカエル…その人を捜す為に洞窟を通って王都に向かっている途中で、グリフォンに襲われている俺を助けてくれたのか」
俺の納得した言葉にアイリスは小さく頷く。それはどこか慌てているような、俺の応えに少しの期待を抱いているような、そんな様子で。
「悪い。知っていると言いたいところなんだが、残念ながらミカエルという女の子は見ていないな」
「…そ、っか」
俺の言葉に落ち込むように、アイリスは目を伏せる。ずっと捜し続けているのだろうか、その目にはうっすら涙が浮かんでいるようにも思える。
「アイリスはこの洞窟を出たら王都に向かうつもりなんだよな?もしいたとしても、今日は戴冠式で人の賑わいもすごかったぞ。それにさっき王宮への襲撃もあった。王都は今混乱状態だろうし、捜すのは難しいんじゃないか?」
「しゅ、襲撃があったの…!?」
「ああ、それも王女を狙う悪徳集団の犯行でな」
「王女様を狙う組織の犯行…それってけっこう大規模な襲撃なんじゃ?王都の人達は無事なの?そ、その中にミカエルがいたとしたら…」
「王都の人達はメイジスさん達をはじめ王宮の人達が避難誘導してくれたおかげで無事だよ。ミカエルという子がいるかまでは分からないけどな。…俺さ、一部記憶が無いんだよ。だから結局正確な情報を教えてあげられないんだ。悪いな」
「そっか…わかった。急にごめんね」
分かりやすくしゅん、と落ち込むアイリスを見ると、なんだか可哀想になってくる。この子にとってミカエルという女の子は、誰よりも大事な存在なのかもしれない。
「アイリス。俺と一緒にヒュドラの町まで来てくれないか」
「…え?」
気付いた時には、俺から声をかけていた。
「今の王都は正直何が起こるか分からないし、あんまり気軽に行かない方が良いと思うんだよ。けどお前にとってミカエルって子は大事な存在なんだろ?もうすぐ夜になるし、今日はひとまずヒュドラの町で一夜をすごす。その後王都まで引き返して、俺が一緒にミカエルを捜すのを手伝うよ」
「い、一緒に捜してくれるの?」
「ああ。勿論お前が既に通ってきた町だって事も、来た道を一旦引き返す事になるって事も分かってる。けどどこに何が潜んでいるか分からない今、一人旅は危険だと思うんだ。…どうだ?」
アイリスは少し考える素振りを見せた後、俺の事を見ながら大きく頷いた。
「わかった。ヒュドラの町まで一緒に行くよ。だから…ミカエルを一緒に捜して。お願い」
「よし、決まりだな。そうとなりゃ、まずはヒュドラの町に急ぐぞ」
俺ははにかみ、先へ進む。アイリスも、自分の杖の仄かな光を灯り代わりにして俺の隣へとついて来る。
一時的にでも仲間が増えるとこんなにも安心出来るものなのか。
これで少しは安心して進めそうだ。
「何かあったら私の魔法に任せてね!」
「それはそこまで期待してないから大丈夫だぞ」
………安心、か?